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 がしゃん、がしゃん。  重々しく固い音が闇に響く。その音は鎧のようだが、何しろ非常に重たげだった。  (鎧は戦場で纏うもの。これほど重たげでは、身動きもままなるまい)  東殿の一間は居心地よく、琵琶さえあれば、いつまででも座って過ごすことができた。母屋から離れた場所にあり、煩くしてもそれほど問題はあるまいと、ゆきは考えた。時に、浅い夢から覚め、海鳴りの音が耳についてどうしても眠れない晩は、明障子を透かして届く月光を頼りに琵琶を引き寄せ、鳴らすこともある。  今のところ、つぼねから苦情は聞かれない。恐らく、母屋まで音は届かない。あるいは、寛大なふゆひめが、常識を知らない幼い客人の素行を許してくれているのか。  がしゃん、がしゃん。  その音は、今夜も訪れた。まるで海の底に沈みながら、その水の中で目を開き、どんどん遠ざかる水面を見送るかのような浅い夢。その夢の合間に、重たい鎧の音を聞く。  鮮やかな錦の打掛がふわりふわりと脱げて漂い、波にもまれながら上って行く。ぶくぶくと大きな泡があちこちで踊り、それは怪しく美しかった。波の中になびく豊かな黒髪が渦を巻くようだ。    ここは、どこだろう。     
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