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「やばっ」
僕は振り返らずにその場から走り去る。
それはもう全力疾走。
「あっぶなかったー」
それにしても突然すぎて心臓に悪い。
でも――なんで逃げてるんだろう、別に悪いことはしてないのに、いらないゴミなんて貰ったっていいはずだし、漁った後はいつも綺麗に片付けてるのに。
なぜだか身体がその場に留まることを拒否した。
あれこれ考えるふりをしてるけど、きっと答えは考えるまでもなくわかっている。
「……あぁ」
そうか。
そうだ。
見られたくないとか、恥ずかしくないとか、御託を並べてはいたけれどきっと――僕自身見られることを嫌い、憐憫の視線を向けられることを恥ずかしく思っていたのだろう。
どれほど強がりの言葉を並べたところで、自分の様な存在は恥ずかしいものだ、なってはいけない――そういう考えがべったりと染みついた社会で育ってしまった以上、自分がそういう存在になってしまったことは恥ずかしい。
そんな深層心理は消せないのかもしれない。
生きづらい社会なんて軽く皮肉を言ってみても、思考の奥底ではこの社会を認めてしまっているのかもしれない。
恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返る。
結構離れたつもりだったけど、思ったよりは離れていなかった。
洋食屋の店員は追って来てはいない。
安堵の息を漏らし、少し呼吸を整える。
周りの視線がいやに気になる。
顔を上げて辺りを見回す。
近くにいる人すべてが自分を見ている気がする。
一度意識してしまうともう気づかないふりをすることは出来ない。
こんなに刺さるものなのか。
こんなに惨めなものなのか。
どうして今まで意識せずにいられたのだろう、これほどの蔑みと憐みの視線を。
突然二つの感情が沸き上がる――羞恥心と怒り。
何に対しての感情かは考えなくともわかる。
自身に対してだろう。
この視線を向けられる対象になってしまっている自分に対しての羞恥心。
そして、今までこの現状、自分の今の状況を変えようともしないで緩慢な毎日を過ごしていた自分に対しての怒り。
いまさら気づくなんて、どれほど怠惰なのか。
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