(一)スモークガラス扉

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
 ひっそりと静まり返ったこの舗道には、少年の足音の他には何一つ物音がなかった。  ほの明るく照らし出す街灯の下には、誰かを待っていたのだろうか、タバコの吸い殻が五、六本捨てられている。果たして、待ち人は来たのだろうか……。    今日もまた、星はまばたいている。満月になりかけの月が、その星のまばたきの中に、一人孤独だった。その図体の大きさの故に、星の中に溶け込みきらなかった。しかしそれでも月は、その大きさで以て、その星全てを威圧していた。その通り! まさに月を中心として星は流れていた。  少年はタバコを口一杯に吸い込んでは、すぐに吐き出し、そしてまた吸った。舌にピリピリと刺激を感じ始めた頃には、吸い込んだ煙の少しを肺にまで流し込み、鼻から抜けさせた。少年は、たったそれだけの仕種に、いかにも大人になった、と感じた。  鈍いネオンサインの光を頭上に感じると、少年のまわりには色々の音が生じ始めた。しかし、少年の耳に聞こえるものは何もなかった。口を真一文字に結び、終始黙りこくり、ただ一つの扉に向かっていた。慣れないネクタイの結び目を気にしつつ、スーツの衿を正し、そしてレインコートの衿も立て直した。  濃紺のスーツに、黒の革靴ーしかしそれは、鈍い光沢の磨きがいのない古びた靴だ。その靴が止まり、少年の手が扉に伸びる。  どことなく中世的な香りの漂う、木目模様の縁取りのスモークガラス扉だった。 銀色のノブが、その木目とは何か不調和さを与えている。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!