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花の曲
「俺はこれ見て、おちょくられてるのかと思った」
彼女の予想通り、俺はまず怒りを投下した。相手が真っ青になっても気にしない。
「和声とか習ってないのか」
「習ってません……。何となく、きれいな音を集めようとしたと言うか」
ゴニョゴニョ。歯切れ悪い音で花は目を逸らしながら答えた。
「やりたいことは分かるけど。よく見るとメロディーラインは悪くない」
小さな褒め言葉に上げた顔は輝いている。いやいや、そんなには褒めてないぞ。
「この曲を書く時、何考えてた? てか、何が描きたかった?」
「えっ……?」
その表情はどうも気まずそうな、言いにくそうな雰囲気を醸し出した。
「いえ、なんとなく」
「だったら捨てろ」
「!」
傷ついた顔なんて屁でもない。講義するときに学生たちから向けられる目も大体同じ。いいから最後まで聞け。
「音はな、それに意味を付さないと、何の価値もない」
無言で見つめてくる花から、俺は目を譜面に落とした。
「俺は一音だって無駄にしない。そこにあるべき位置に、あるべき音を置くんだ」
「……あるべき位置に、あるべき音?」
「俺が描きたい情景とか。心情とか」
楽譜を向かいの花に差し出すと、彼女は素直にそれを受け取った。
「心の一音は、必ず響く。同じものを求めてる人には特に」
もともと静かだった部屋は、更に音がしなくなった。ただの静寂。でもそれにも意味があることを俺は知っている。やがて花は小さく呟いた。
「どうやったら、探し出せるの?」
「諦めずに探すんだよ。88鍵の中から。ピッタリくるやつを」
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