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わたしは頭を振ると、天井のモザイクの唐草を見つめ、緑なす水辺を夢想した。
ウードで曲の流れを思いだしながら、爪を細やかに動かし旋律を刻む。
歌の意味は分からなかった。ただ、懐かしく感じた。胸のなかに忘れ去られた泉があることに気づかされた。
師匠の盲目の姉さまのウードを思い出した。
土壁の粗末な小屋の片隅に姉さまは座り、ウードを弾いた。わたしは耳をすませていつまでもいつまでも聞いていたいと思った。繊細に動く指先をじっと見つめていた幼いころのわたし。
あのころ、ウードの弦のふるえはわたしの胸のふるえだったはずだ……。
遠い昔の感覚、初めて自分のための楽器が誂えられた日。
死の淵をさまよい、よみがえったときに最初に確かめた自分の声。
固く閉じられた蓋が不意に開き、想いがほとばしった。
高く、もっと高く歌え。
あまりに不完全なわたしの声。それでも願わずにいられなかった。
誰かのご機嫌を取るためではなく、聞き流されるためにただ奏するのではなく。
どうか、どうか……心からまた歌いたい。姫ぎみのように。
不完全な歌が終わった時、背後に人の気配を感じた。
「もう終わり? 続きはないの?」
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