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歌い手は耳が良いものだ。それは巧みな歌い手であれば、あるほど。けれど姫の細い目にはゆらぎがない。
わずかの間、わたしたちは無言で押し問答をするように見つめあった。いや、にらみ合ったというほうが似つかわしい。
わたしはウードを胸から離さず、姫はそんなわたしに目で圧をかける。中庭のナツメヤシの葉が風にざわめいた。控えの部屋からお茶の用意をしているのか、銀器がふれあう音がした。
大きなため息をつき、わたしはウードを差し出した。姫の瞳がきらめいたように感じた。
と、わたしは叫んだ。
「ムカデが襟に!」
「?《キャー》!」
やにわに姫は立ちあがり顔色を変えると、錦の上着を脱ぎすてた。髪を振り乱し、両手で首の周りをなんどもなんども払いながら部屋の隅まで逃げて行った。
「何ごとですか!」
侍女が扉を開けて駆け込んできた。
「ああ、ムカデかと思ったら、ただの葉でした」
わたしは隠し持っていた枯れた葉を袖口から出すと、姫の錦からさも取り上げたようにして侍女に見せた。乱れた髪を押さえて、目をぱちくりさせた姫がぽかんと口を開けた。
「まったく! 何事が起こったかと肝がつぶれましたわ。大切な姫さまに何かあったら……」
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