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床に脱ぎ捨てられた錦を手に取り、侍女は部屋の隅に固まっている姫の肩にかけると、手を取って元の場所へと連れ戻した。
「お髪を結い直しましょう」
侍女は化粧道具箱を持ってくると、姫の素直な黒髪をいちどほどいて梳いた。侍女に身支度を任せながらも姫は落ち着かなげに、部屋の隅へと下がったわたしをなんども見る。わたしはことさら知らぬふりを決め、姫の長い髪が元のように整えられ、簪でまとめられるのを待った。
「いまお茶とお菓子をお持ちしますね」
侍女が化粧道具箱と共に再び部屋を出ていくと、わたしは笑い声を押しころした。姫はわずかのあいだ顔を真っ赤にしたが、じきに青ざめ薄い唇をゆがめてうつむいた。
「やはりお分かりなのですね……すみませんでした。姫さまを試すようなことをして」
姫は薄い唇を引き結び、両のこぶしを固くにぎりしめたままだ。
不意に後悔の念が押し寄せてきた。王族の生まれで、年よりも落ち着いた振る舞いを身につけているとはいえ、まだ十七歳の少女なのだ。わたしはもう笑う気にはなれなかった。
「姫さまが言葉を解することを秘密にされたいのなら、誰にも言いません」
眉を曇らせたまま、姫はわたしのほうへ顔を戻した。言いません、とわたしはもう一度口にした。
「その代わり」
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