手ほどき 3

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 姫は今日もいつもの位置に座っている。髪は簪で高く結いあげ、暑さをしのぐのに適した後宮の女性たちが着るゆったりとしたズボンと刺繍の入った白絹のブラウス、その上に姫が好むのだろう。錦を肩に掛けている。 「しかと聞いております。よろしくご教授ください」  昼前に伺い、昼の一服前にはおいとまをする。  けして長い時間ではない。その間に歌を一小節ずつ教わるのだ。  けれど、つい姫の演奏に引き込まれてしまう。歌が加わればなおのこと抗いがたい。  姫の歌は、真似ることが容易ではなかった。耳に馴染みのない抑揚は、そのまま口にすることも難しい。音もまた、わたしが出せないような域まで高低どちらにもあり、難なく歌い上げる姫の技量には目をみはるばかりだ。そのうえ、ウードを奏でる手も確かなのだ。  いったん最後まで歌うと、姫はわたしにウードを返す。かわりに、黒檀の卓の上に並んだ文具の中から朱に染められた象牙の撥鏤(ばちる)を手にする。ふだんは物差しとして使われている撥鏤(ばちる)を手の中で鳴らして、わたしに教えを施す。  返されたウードでわたしは前回習ったところまでをおさらいする。姫がうなずけば先へ進むが、首を横に振り撥鏤を鳴らしたならば、手を入れるべきところを姫が歌う。  進み方は、しょうじき一進一退だ。     
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