歌い手

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歌い手

 わたしが後宮に居られるのには、理由があった。  少年の歌声を失わないために、体から『男』取り去ったからだ。官宦たちと同じように。  わたしは後宮の入り口に近い階段をのぼり、市街(オアシス)が見渡せる特別な塔へと向かった。  塔の最上階の展望室には、透かし模様を彫り込んだ木の窓がはめられてあり、街を見下ろせる。外出の自由がない後宮の女たちのために作られた見晴らしのよい塔のいちばん上にある。  夕日が砂丘の向こうに傾きかけていた。夕焼けは白い石を敷き詰めた街路を淡い紅色に染め始めていた。まもなく城壁の門が閉められる鐘が時を告げる。その直前の往来の激しさだ。  慌ただしく行き交う人や連なる駱駝を見つめてわたしは思った。  神はなんと皮肉なことをなさるのか、と。  姫は声が出ないわけではなかったのだ。ただ、沈黙していただけで。  容姿にまるでそぐわない美しい歌声をもっていることを、もしや故国の父王さえご存じないのかも知れない。もし知っていたのなら、きっと我が王に伝えただろうし嫁入り道具に楽器の一つも必ずや持たせただろうから。  神はどうやって選ぶのだろう。愛するものをどうやって決めるのだろう。     
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