手ほどき 3

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手ほどき 3

 ユェジー姫の指はウードの弦を押さえては揺らし、なめらかな旋律を奏でた。音は途切れることなく、ひとつながりの物語を雄弁に語る。  異国の香りのする、哀愁を帯びた調べだ。噂でしか聞くことのない、姫の生まれ故郷の東の国が目の前にたち現れる。  かつて後宮にいた姫の従者たちのように平板な顔立ちの人々が大路を行き交う。荷を担ぎ、驢馬や馬の(くつわ)をひく。身分の高い者たちは大きな傘を奴隷に差しかけさせ、ゆっくりと歩む。反った屋根に赤や青に塗られた柱。見知らぬ草花や蝶、小鳥。吹く風はオアシスよりもしっとりと水気をふくんでいるだろう。わたしは頬に水の気配を感じて目を閉じる。  こんっと硬い音がして、目を開いた。  姫は演奏の手を止めて、わたしをにらんでいた。視線が合うともう一度、ウードの胴を曲げた指でわずかに叩いた。 「すみません。続きを」  わたしはいずまいを正した。  二日通い、二日開ける。  そうやって姫の元へいき、教えを請う日々が始まっていた。     
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