モモ

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 影が飛び出してきた。遅れてハンドルを握る手に衝撃が走る。僕はスクーターを急停止させた。今日はバイト先のレジの計算が合わず、帳尻が合うまで拘束されて神経が参っていた。もう二十三時を過ぎている。まさか誰かにぶつかったのか、いやそれにしては小さな影だった、スクーターに傷がついただろうかと逡巡していると、おおうん、という鳴き声が前方から聞こえた。一匹の猫が横たわっている。白い毛並に、額から背にかけて黒い模様の入った猫だった。スクーターの出す光を嫌がっているのか、猫は大きく鳴き、ゲッ、と奇怪な咳をした。  猫とぶつかったのは静まり返った公団住宅の並ぶ道だった。どうやら道を挟んだ向かい側の、白壁の家から道を横断しようとしたらしい。ゲッ、ゲッ、と咳をして、猫は痙攣している。周囲にライトをかざしてみるが、血は流れていないようだった。ぶつかったショックで引きつけを起こしているのか、重大な器官をやられてしまったのか。具合を尋ねようにも、猫の言葉は分からない。動物病院に連絡するべきなのか。そもそもこいつはどこの猫なんだ。野良か、ペットか。ペットなら飼い主に連絡して然るべき詫びを入れなくてはいけない。けれど、こんな夜に家猫が外をうろつくのだろうか? 都合の良い事実を探しながら、鳴き声を弱めていく猫を見つめる。もしもこいつが野良だったなら。
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