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『カナエちゃんカナエちゃん、帰るときは気を付けてね。飲み会の帰りに忘れ物していく人、少なくないから』
既にべろんべろんに酔っぱらっている先輩は、それだけはまともに忠告をしてくれた。私はありがとうございまーす、と言いながら先輩から離れたのをよく覚えてる。何故かって?その先輩、武勇伝のように酒によって寝ゲロする話を語る人だったからなのだけども。――つまり、布団でやらかすってことだ。汚いだけで自慢にもなんにもならんわ、と私は思っていたのだが彼女はそうではなかったらしい。飲み会の参加率とよっぱらい率にどうやら変なプライドがあったらしく。――後輩諸君もそういうのを勘違いしたらいけないとも。酔っぱらってやらかした話も二日酔いも、苦しくて恥ずかしいだけで全く自慢になんぞならないのだから。
その日は私もかなりサワー系を飲みまくっていて酔っぱらっていて。どうにか先輩の忠告通り鞄の中身は確認したけれど、帰りはだいぶふらふらだったわけだ。どうにか飲み屋でトイレに行けたし吐くこともなかったし、携帯も財布も定期も置き忘れずに済んだが――この有り様では帰りの電車を乗り過ごすくらいはやりそうだと思ったものである。
実際私は駅まで辿り着いたはいいものの、駅のベンチに座って寝てしまって一本電車を乗り過ごしてしまった。慌てて目を覚まして次に乗れたからいいものの、その電車でもうっかり降りるはずの駅を乗り過ごしてしまう始末。気がついたら降車駅の二つ隣まで行ってしまっていた。実に情けない話だ。なんとか慌てて反対側に乗って帰ることはできたのだが――いや、私の一番の失敗談はそこではないのだ。
どうにか自分の家の最寄り駅まで着いて、一息ついたその時。私はようやく、違和感に気がついたのである。
『……?』
何か忘れ物をしたのか、と最初思った。バッグはある。財布もある。コートも着ている。定期も――そもそもそれを忘れていたら駅に乗る時に気がつくはずなのでそれでもない。
そう、私が忘れたのはもっと重要なもの。コートを着ているのに妙に寒いなあと思ってみれば。
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