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幻影館
2020年2月11日
中村トオルは数年ぶりに渋谷にやって来た。
道玄坂のホテルで次々と怪しげな客の来訪を受ける。
1人目は鎌倉の王制支持派の杉谷男爵。杉原リュート王子が東京政府の支持の下に即位する計画が進む中、政治的に重大なスキャンダルが記されていると思われる小西の回顧録の出版は、その計画に支障を来たす恐れが多分にある。そのため男爵は回顧録を譲って欲しいと訴えるが、トオルは一度引き受けた仕事は最後までやり通す義務があるという理由でその申し出を断る。
次に訪れたのが王制反対派の赤原弥三郎党員で、ピストルで脅迫して回顧録を奪おうとしたが、トオルに撃退される。最後に深夜、彼の部屋に忍び込んできたホテルマンの出浦模糊と格闘の末、取り逃がしてしまい、回顧録は無事だったが篠山理恵夫人の手紙を奪われてしまった。
翌日、篠山理恵の下に手紙を持って恐喝者が訪れる。身に覚えのない理恵はその応対を楽しみ、いったんは小金を渡して帰らせ、翌日もう一度来るように言い渡す。
恐喝者と入れ替わりに、理恵の従兄で外務省高官の小幡吐息が彼女を訪れる。石油の利権獲得のため、杉原リュート王子擁立を支持する東京政府にとっても、伯爵の回顧録に記されているかも知れない政治的スキャンダルは計画を頓挫しかねないものだった。
中でもとくに小幡吐息が警戒するのは、幻影館でかつて起きた『ある盗難事件』だった。小幡吐息は、かつて鎌倉大使館に勤務していた亡き夫とともに同国に滞在経験のある理恵に、小西首相の回顧録を持って訪問する外交官の亘理を幻影館でもてなすよう依頼する。
2月13日
幻影館の広間には赤原、亘理、理恵、小幡がいた。
理恵はワインとピザで高官たちをもてなした。
中村は料理の達人でもある。
厨房を出て広間に顔を出した。
「わぁ、美味そうだ?」
おしぼりで手を拭きながら亘理が言った。
振り子時計が正午を告げた。
「亘理さんってご出身はどちらなんですか?」
理恵は尋ねた。
「トロです」
「遺跡のある、あそこ?」
「登呂ではなく、埼玉県の土呂です」
「埼玉といっても広いですけど?」
「大宮の方ですよ、盆栽村ってのが有名であらゆる形の盆栽が街を彩っているんです」
「それは面白そうですね?」
赤原はアルコールのせいで顔が真っ赤だ。
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