抗う羽根 1

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抗う羽根 1

耳を疑った。 ただただ質の悪い冗談が、大人までもを巻き込んで雑然と進んでいく様を見ていることしか出来なかった。皆がグルになって、一瞬にして思考停止してしまった自分を小馬鹿にしているのだとすら思った。 突飛な話は俺を無視して続けられた。 桐川(きりかわ)が死んだ、と。 その言葉は妙に尖っていて、ずぶずぶと脳の中に刺さった。 嘘ではない。夢の中にいるようだけれど、残念ながらこれは現実だった。 だって今朝、俺はいつもと同じく冬の冷たい道を歩いて学校に来たわけだし、こうしていつもと同じく教室の中にいるし、揃いの制服を着たクラスメートも席に着いているし、これが夢なら俺の脳は大したものだ。訳が解らない。 衝撃はやがて波を生み、嗚咽、どよめきが辺りから押し寄せた。 表情を失くした顔でボソボソと話す担任もきっと本当は混乱しているに違いない。言葉はむちゃくちゃな順序を辿り、仕舞いには俯いたまま話し出した。 ああ、そういえば席が一つだけぽかんと空いている。皆が代わる代わる視線を送る先には、渦中の桐川智也(きりかわともや)の席があった。 暑いグラウンドの上、部活帰りの談笑、受験の話……桐川と過ごしたたくさんの場面がぐるぐると頭の中を駆け巡る。 嘘だ、そんなわけない。 頭の中で描いた桐川の顔はぼんやりとしている。何故急に。何故。 「交通事故で――」 担任の声を掻き消すかのように女子が「なんで、なんで」と泣き始め、ついに教室は地獄絵図と化した。 事故、今朝方見つかった、搬送され、病院で……。 「……千花(ちか)ぁっ」 悲鳴のような声が響いた。そっちを見れば杉本千花(すぎもとちか)が泣き崩れた一人の女子のもとへ行き、ゆっくり背中をさすってやっていた。泣き喚く女子を心配しているのか、困ったような表情を浮かべながら。 杉本はおかしい。 その信じられない光景に俺は益々、夢の中にいるような気がした。 さっきからずっと不快で不完全な気持ちが胸を引っ掻き回している。耐えるしかないのだろうか。 死ぬ――それがよく解らない。 じわりじわりと嫌な感覚が背後から迫って来て、脳を突き抜けていく。目を開けていられない。信じられなかった。 その日のホームルームで担任と委員長が葬式に出るということが説明された。
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