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「最初に、さやかちゃんが私のところに持ってきたの。
昨日のサークルのミーティングの時にね。
フーガ先輩はチョコレートを受け取ってくれないって聞いたので、ヒラリ先輩から渡してほしいんです
……って懇願されて。
つい、受け取ったらびっくりするくらい増えたんだよね。
本日、バレンタインデー、なんですってよ。
知ってた?」
「知ってる。ゼミでもチョコレート押し付けられたし」
「それ、受け取った?」
ヒラリの手入れの行き届いた形の良い眉がぴくりと動く。
「皆で食べようってあけて、ゼミにおいてきた。甘いものそんな好きじゃないし」
「あのね、フーガ?
本日のチョコはただのチョコじゃないの。気持ちなのよ。
『フーガくん、大好き』
っていう、みんなの気持ちをありがたく受けとるのもモテる男の使命なんじゃないの?」
自慢げに説教をはじめるヒラリは何もわかってない。
俺が欲しいのは不特定多数からの好意じゃない。
たった一人からの、気持ちなんだけど、な。
「加えて、皆が私を通してだとフーガはチョコを受け取るって誤解してるのも何とかしてほしい。
とかいって、それ私に突き返して来たら怒るからね。
返すなら、フーガ自ら、一人一人に配って歩いてね
あ、ホワイトデーのお返しも、私を通すのはご遠慮ください。バイト料っていうなら、一件につき千円以上で承ります」
「はいはい、わかりました。
あ、これ新曲作ってみたから、いつものように歌詞つけてくれない?」
ヒラリの説教が終わりそうにないので、俺はギターケースから9割がた仕上げた走り書きの楽譜(スコア)を見せた。
途端に目の色が変わって、クリスマスの朝おもちゃをもらった子供のように楽しそうに鍵盤を弾き始める。
とっとと、ほかのメンバー来てくれないかな。
キーボードの腕も、コーラスの美声も、オリジナル曲につける歌詞も絶品なんだけど、どうしてこういつもいつも俺に対してのみつっけんどんな態度なのか。
とはいえ、この状況をほかの誰かに愚痴ったら
『嫌い嫌いも好きのうちってやつだろ?
ヒラリちゃんはお前のこと好きだと思ってるんだけど、何、お前ら本当に仲が悪いわけ、ウケる』
と、笑いのネタに落とされるだけなので、悶々と自問自答するほかない。
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