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車はあっという間に今日の視察先である医療器具開発部の工場に着いた。車を降りて慧兄さんの後に続くと入口では責任者の一人が出迎えてくれた。
工場の中を周りながら現在の生産状況や不備な点がないか確認していく。
「そういえば、今日は新様はいらっしゃらないのですね」
「新は急な会議が入った。代わりに今日は狩野がついてる」
「なるほど……狩野(かりの)さんはこちらの工場にいらっしゃるのお久しぶりですよね。何か気になった点などありますか?」
『狩野』
それが今の私の名前だ。
「そうですね……私からは特に。皆さんはプロフェッショナルですからその腕を信用しております」
「これはこれは……お褒めに預かり光栄です!ではその期待を裏切らないようにさらに精進しなければですね!」
誰も疑いなどしない。狩野が偽名であるなんて……まさか伽々里家に三男がいるなんて思いもしないのだろう。それほどまでに隠された存在である『伽々里澪』
私は表舞台には立つことを禁じられた存在。血の繋がった人たちにさえ認められていない人間。
『狩野』と呼ばれる度に、どこにも私が……『伽々里澪』がいないのだと思わずにはいられない……
いっその事、名前なんてなければよかった。そうすればこんな無意味な考えになることもないのに……
それでも『伽々里澪』に縋り付いてしまうのは、私を『伽々里澪』として認めてくれる人がいるから。
あの学園という小さな世界では私を『伽々里澪』を必要としてくれているから……
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