第1章

122/135
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ
 千賀子は笑いながら答えた。 「もう子供じゃないもん。私。大丈夫だよ。ホテルは駅の真ん前だし。それよりね、明日の飛行機の方が怖いよ。初めてだし」 「飛行機は僕のバイクよりも安全だよ。全く心配ない」 「うん・・・」 「とりあえず明日の夕方には電話するよ」 「うん、電話してね。これからは毎日だよ」 「毎日・・・?」 「だめ?」 「わかった」 「よかった。約束だよ」  僕らの会話を遮るように、列車の入る警報が鳴り響いた。そして滑り込むように札幌ゆきの列車が入ってきた。いよいよ別れの時かと思うと、急に辛くなった。九州と東京では、そう簡 単に会うことはできない。気持ちは千賀子も同じらしく、その目は赤くなっていた。本当は僕も泣きたいくらいだったが、僕は男なんだから絶対泣いたりしないぞと思った。千賀子は僕の手をとり、また指切りをするつもりか小指に小指をからめてきた。そして両目をいよいよ真っ赤にして言った。 「ね、もうひとつ約束だよ。来年は東京の大学にきてね」 「わかった。絶対いく。だから心配するなよ」 「指切り」 「ああ。ゆ~びきりげんまん嘘ついたら針千本の~ます、指きった!」  千賀子の声はかすれていて歌にならなかった。列車の出発の合図が容赦なく鳴り響いた。千賀子は列車に乗りこみ、ドアのところに立って、小さく手を振った。僕は無理やり笑顔をつくって大きく手を振った。やがて列車は走り出し、小さくなって夜の闇の中に消えていった。  僕はひとりポツンとホームに立ちつくしていた。冷たい風はヒューヒューと音をたてながら、相変わらず吹いていた。  僕が鳥沼キャンプ場に着いたのは夜の10時頃だった。  いくつも並んでいるテントの中から僕らのテントを探していると、背後から友紀に呼び止められた。何か慌てているようだ。 「貴志、伸彦がまだ戻らないんだ。場内を手分けして探してみよう」  僕が今日のお礼を言おうとした矢先、友紀に言われた。状況はまだよく飲み込めないが、いくらなんでもこの時間に戻っていないなんて、とにかく大変な出来事だ。なにしろ熊が出る。本当か嘘かは知らないが、少なくとも僕らはそう信じていた。千賀子と別れてきた感傷的な気分がいっぺんに吹き飛んだ。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!