第1章

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 とにかく気合い負けだけはしないつもりで逃げもせずその場に立っていた。すぐに、そのオニイサンは僕に近づいた。僕は心の中で身構えた。来るなら来い! 「よお、大丈夫か?」  意外といえば失礼かもしれないが、意外に優しげな感じオニイサンはそう言った。  僕は肩すかしを食らったような気がした。拍子抜けしてキョトンとしている僕に、オニイサンは笑いながら言った。 「あんたのバイクはちょうど死角に入っていて、わからんかったよ、すまんな」 「あ、いえ、別に・・・」 「福岡からか、これからどこまで?」 「はあ、北海道に・・・」  僕と向き合ったまま、そのオニイサンはズボンのポケットからタバコを取り出して、さらに聞いてきた。 「一人でか?」 「はあ・・・」 「そうか」  オニイサンはジッポライターでたばこに火をつけ一気に大きく吸い込むと、また、大きく吐き出しながら、「そら、楽しみやな」といってニカッと笑った。その笑顔には何とも言えない親しみがあった。  僕は戸惑った。何だこの笑顔は?僕はてっきり「気をつけろ!」とか、いちゃもんをつけられるものとばかり思っていた。僕は理解に苦しみ、早々にこの場を離れたいと思った。 「じゃ、僕、急ぎますから・・・」 「おう、そうか、気をつけてな」  それだけのことだった。  時間にすればほんのわずかな時間でしかなかった。  しかし、その瞬間はたくさんの出来事が凝縮されていたような気がした。  僕はこれまで物事を一直線、一方的にしか考えていなかった。だから身構えた。来るなら来い!とも思った。しかしそれは、見事に肩すかしを食らった。 正直なところ、めんどうにならなくて助かった。という気持ちが大きかったがそれにしても、僕よりもあきらかに年上のあのオニイサンの態度は何だろう。優しさなのか?それともあれが、大人の余裕というヤツか!だとすれば、僕は自分がどうしようもない子供のような気がして、激しい悔しさを感じた。それは、これまでにも感じたことのある悔しさだった。  ちょうど一年前、高校4年目の3年生の夏休みのことだ。  仲間とツーリングに行った帰り、みんなで夕飯にしようと、ファミリーレストランに立ち寄った。そこで、思いがけず中学時代に好きだった子と再会した。  その子の名前は、森崎慶子。中学2・3年の頃のクラスメイトだ。色白で、サラサラした髪のほっそりとした子だった。
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