第1章

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 それはそうだろうと僕は思った。普段から、125という小さな排気量で大排気量のバイクとわたりあっているのだ。僕のバイクは規制がかかる前のものでパワーはあったのだが、なにしろ、下から強烈なトルクを発生させるような便利なおまけはついていない。その分、いわゆる『どっかんターボ』のような面白さはあったが、確実に速く走るためにはデリケートな操作が必要だった。  私の時代には見当たらないが、当時は、例えば信号停車で見知らぬバイクが2~3台停まると、必ずと言っていいほど、いわゆるシグナルグランプリが始まった。それは、青信号になると一斉に走り出して速さを競うものだ。125のバイクで大きなバイクと張り合うには極めて慎重な操作と集中力が必要となる。それは峠道バトルでも同じことだ。 峠道バトルは、見知らぬバイク同士で何気なく始まる山道での追いかけっこなのだが、何しろ相手は強烈なエンジンブレーキと図太いトルクにものをいわせて、何の気なしにコーナーをクリアしていく。対する僕の125のバイクはあまりにか細く非力だった。強烈なエンジンブレーキも、立ち上がりの爆発力も、全て自分でつくり出していかなければならない。ちょっとでも手抜きをすると、たちまち失速してしまう。道路の状況を読み、回転数をつかみ、いかにパワーバンドを維持し続けるかがポイントとなる。やがてリズムよく乗れている自分を自覚すると、走っていることがたまらなく楽しくなる。すると、頭の方も冷静になり、相手の癖とか弱点が見極められて抜き去ることができる。中にはどうしても手の届かない遠い背中もあったが、たいていの場合、「絶対勝つ」と思い定めて追い回していけば、勝つことができた。 僕は、ハーフクォーターという非力なバイクに随分育てられたのだと思う。  しかし千賀子は、意外と鋭いところをついてきた。ひょっとすると、タンデム歴は僕が思っている以上なのかも知れない。  市街地を抜け、丘の上にあがると、それはもう、何とも言えない美しい風景があった。  波打つ丘陵が幾重にも重なり、青々とした作物の葉が風にそよいでいる。ところどころ刈り取られて薄い茶色の畑があり、草を巻き取ったいわゆるバームクーヘンが転がっている。丘の頂上は、深い青空に吸い込まれるかのようで、その上に白雲がのどかに浮かんでいる。
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