第1章

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 美瑛の丘は、阿蘇や久住のような牧草地帯ではなく、畑になっている。千賀子が、ここで作られている作物を教えてくれた。主に、ビート・小麦・じゃがいも・小豆なのだそうだ。地元の人たちが丹精込めて造り上げた畑が、このヨーロッパのような美しい風景を創り出し、僕ら旅人に感動を与えてくれている。おそらくこんな風景は日本ではここだけだろう。さっきまで後ろで大声だしてはしゃぎながらいろいろと解説していた千賀子が急に大人しくなった。目の前に広がる風景に圧倒されて、それこそ息を飲むように見入っているようだ。それだけの説得力というか、魅力が確かにここにある。僕も思わずため息が出てしまったくらいの美しさだ。  僕らは千賀子の案内で、先ずケンメリの木を目指した。  千賀子のナビは的確だった。地図を開いている訳ではないのに迷うことなくたどり着くことができた。頭がいいというか、記憶の容量が僕とは違うのだろう。千賀子に言わせると「慣れているから」という。  木の近くまで行く道は舗装道路から外れていて赤土の露出した道だった。125のロードスポーツで、しかもタンデム状態ではやや苦しい道だった。でも、さっきほめられたばかりなのにここで格好悪いのは嫌だ。内心ドキドキものだったが落ち着いた態度でバイクを進めた。  ケンメリの木のたもとにバイクを停めた。 それは大きなポプラの木で、波打つ麦畑に囲まれて、何本も伸びる太い幹にたくさんの葉っぱを纏って空高くそそり立っている。  バイクを降り、メットを脱ぐと、麦の頭を押さえつけながら吹き抜ける風がさわやかだった。 「この木って何でケンとメリーのポプラって言うのかな?」  僕も正確には知らなかったが、“ケンとメリー”って言えばおそらく車の関係なんだろう。 「ケンメリって、車のことだよ。有名な車でね。ここでCMでも撮ったんじゃないかな。ずいぶん古いけど、俺の友達も乗っているよ」 「へえーそう」 「中学の時の友達に暴走族の友達がいて、そいつが中古で買った車なんだ」 「え?族が乗るような車なの?」 「いや、まあそういう訳じゃないなあ。排ガス規制直後の車らしいからパワーはないらしいし。でもその昔一世を風靡した車らしくて、そいつの憧れだったらしいんだ。女にもてるとか言って。流行りのX11というスピーカーをつけて喜んでいたな」
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