第1章

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 こうして一人になると、何となく悪い想像力が働く。事故とか熊とか、そんな悪いイメージが頭をかすめた。もし、伸彦が大変な目に遭っていたらどうしよう。伸彦は頑固でちょっと気の短いところがあるのだが、本当は真っ直ぐないいヤツなのだ。それに、僕らのような進学校の中で珍しく就職組になったのは家庭の事情による。まだ20才にもならないのに家計を支える大黒柱なのだ。そんな、感心なヤツなのだ。だから、社長の叔父さんも、普段は自分を犠牲にして家族を守る伸彦の、珍しい願いをかなえてあげようと今回のような長期休暇を特別にくれたのだ。  もしものことがあったら伸彦の家族に何と言えばいいのか。頼むから、伸彦、元気でいてくれと祈るような気持ちだった。時間がとても長く感じた。  しばらく経って友紀が戻ってきたが、やはり何も連絡がないという。 「伸彦の実家には電話してみた?」 「いや、いらん心配させるだけだろうからしてないよ」 「でも、もし事故とかだったら免許証があるわけだし、伸彦の実家には連絡がいくんじゃないかな」 「でもなァ・・・」  ふたりとも沈黙した。そこから先を言うことはタブーのような空気になった。時間はとうに11時を廻っていた。 「よし、12時を越えても来なかったら、伸彦の実家に電話してみよう。そして場合によっては警察に届けを出そう」  友紀がそう言い、僕もうなずいた。  僕らは祈るような気持ちで伸彦を待った。ふたりとも沈黙していた。時計の針が1分進むたびに身の縮む思いがした。  申し合わせた12時を越え、そして15分くらい経ったあたりで友紀が言った。 「仕方ない。電話しよう」 「あれだったら僕が電話しようか?」 「いや、俺がする。北海道ツーリングに誘ったのは俺だから」  友紀はそんなことを気にしていたのか。  友紀は責任感が強く生真面目だから伸彦を待つ間ずっとそのことで自分を責め続けていたのだろう。  友紀の目は赤くなっていた。何だか僕まで泣きたくなった。友紀は肩を落として、公衆電話へ歩いて行った。こんなに小さく見える友紀は初めてだ。 「あいつ、どこに行きよおと?」  あまりにも唐突に僕の背後から伸彦の声が聞こえた。振り返ると、そこに伸彦が立っていた。 「あー!!」と、僕は叫んだ。 「どうした?貴志」  伸彦は笑っていた。僕は夢中で友紀の方に走り出した。そして友紀に追いついて、
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