第1章

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 友紀も伸彦も、唖然とした。さっきは「まあ、まあ」と友紀の怒りをなだめた僕がいきなり怒りだしたからだ。僕にしてみれば、どうしようもない、例えば話の前半部分のような状態ならともかく、長話をしている間に電話くらいできたはずだと思った。それに、僕はあの時の友紀の悲愴な顔が忘れられない。だから、キレた。伸彦は、藪から棒に怒鳴られたせいかムッとした表情で、「おまえにいわれたかねーよ」と言い返してきた。こうなったらもう、売り言葉に買い言葉だ。 「なんてや!」 「貴様ン!連絡もせんで一人で舞鶴に行ったとは誰や?ああ!」 「あれとこれとは違おーもん!」  興奮すると、つい方言丸出しになってしまう。 「どこが違うとや!、だいたい今日もお前がが勝手なことを言いだしたっちゃろもん!」  僕と伸彦は、テントの前で取っ組み合いのケンカになった。でも、僕らのケンカは、初めて知り合った高校1年の頃からよくあることだ。お互いに根に持つことはない。だから、友紀も 笑いながら、「ほどほどにしとけよ夜も遅いんだからな」と言って見物していた。  周りのキャンパーに大変迷惑をかけたと思う、北海道での9回目の夜だった。  さて、北海道での最後の日がやってきた。  厳密に言うと明日の朝はやく出発のフェリーに乗るのでラストツーなのだが、自由に回れるのは今日が最後だ。  いつものようにラーメンの朝食を採って、インスタントコーヒーを飲んでいたとき、「すまん、1万か2万貸してくれ」と、伸彦が友紀に頼んでいた。昨日の騒ぎのためバイクの回収代やらパンク修理代やら思わぬ出費で所持金が底をついたらしい。友紀は気持ちよく応じていた。その後、今日の予定を話しあった。先ずはここから近い十勝岳温泉に行こうということになった。  僕らは早々に荷物をたたみ出発した。  十勝岳温泉は上富良野の東の郊外にあって、十勝岳の山腹、標高およそ千三百メートルの高さ(道内一の高さらしい)に湧く温泉だ。鉄分を大量に含む温泉で、赤い色をしているというなにやら面白そうだ。  十勝岳温泉へと続く、平野部の長い長い直線道路を走り、山裾の登山口から路面の荒れた舗装路を登っていった。いくつものコーナーを慎重にクリアしながら進む。
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