第1章

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 途中、伸彦が大声を出して停まった。僕らもバイクを停めて振り返ると、伸彦の視線の先にキタキツネが2匹いた。路肩の草の陰から僕らの方を見てキョトンとしていた。  とうとう、現れた!北海道に来たからには野生のキタキツネを絶対見てみたかったので、嬉しくてたまらなかった。友紀も「おー」という声をあげて感激している。伸彦はバイクを降りて2・3歩あゆみ寄り、屈んで手招きしている。  2匹のキタキツネは用心深そうに僕らを見つめて、やがてどこかへ行ってしまった。 「写真を撮っとけばよかったな」 「いきなりだったからなあ」 「じゃあ、すぐにでも撮れるように準備だけでもしておこう」 「また出てくるかも知れないからね」 「でも、やはり野生動物だから、イメージよりは痩せていて、ちょっと汚れていたなあ」  たしかに、あの2匹は痩せていて引き締まった精悍な顔をしていた。それに、ほこりか泥のせいできつね色というよりはねずみ色に近かった。伸彦が“コキタナイキタキツネ”と命名して喜んでいた。  いくつものコーナーをクリアしながら登っていくと、やがて僕らの目指す旅館があった。その旅館は山道のヘアピンコーナーの側にあって、三角屋根の山小屋のような建物だった。坂道の山側にある駐車場にバイクを停めて、僕らはタオル一本ぶらさげその温泉旅館に向かった。 館内は多くの宿泊客や旅行者で賑わっていた。とても古い建物で、ここも趣があると言っていい。 僕らが受け付けで入浴料を支払っていると、他の旅行者が受け付けのおばちゃんに、「石鹸ください」と言った。おばちゃんは、「ここの温泉で石鹸は使えませんよ、成分の関係で泡もたちません」と答えていた。そのやりとりを側で聞いていた僕らは、顔を見合わせた。そして、「一体どんな温泉なんだろう」と話しあった。ふつう、お湯を使えば石鹸は泡をたてる。でもここの温泉では、たたないという。そんな現象を僕らは今まで見たことも聞いたこともないのだ。「なにか、おもしろそうだ」と思いつつ、ところどころ柱や梁から出ている釘に気をつけながら、階下の浴室へ行った。  先ずは内風呂に入った。岩と板でつくられた室内には、長年の蒸気が壁や天井にすっかり染みついた感じで、独特の雰囲気があった。
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