第1章

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 お湯は、情報どおり赤い色をしている。伸彦が、「旅のアカを赤い温泉で落とす」という駄洒落を言いながらザブンと湯船に浸かった。僕は本当に石鹸が使えないのかと思って試してみることにした。持参してきた石鹸を温泉のお湯に浸したタオルに擦りつけたのだが、おばちゃんの言うとおり、本当に泡が立たない。横にいる友紀も感心するように眺めていた。何か珍しいものを見たような、得した気分だ。  それから僕と友紀も内湯につかり充分温まってから露天風呂に行ってみた。  露天風呂は岩とコンクリートでつくられていて、片側は旅館の壁に面している、もう片方には見事な展望が広がっている。さかんに「すごい眺めだなあ」とつぶやいていた。確かにすごい眺めだった。十勝岳を目の当たりにすることが出来るのだ。  ここから見える十勝岳の風景は周囲に針葉樹の森を従え、山腹の真ん中あたりからこの温泉の下にかけて、ちょうど川のような赤茶けた砂の道が走っている。その道にはところどころに防砂ダムがある。自然のみずみずしさと荒々しさが同居したダイナミックな風景だった。  石鹸も、風景も、それにキタキツネも。そんな思いがけない、いい思い出を持って、僕らは山を降りた。これから札幌に向かう。札幌と言えば、千賀子は今何をしているんだろう。もう、空港に行ったのだろうか。そういえば、飛行機を怖がっていたな。先ず大丈夫だとは思うが、どこかでテレビかラジオに注意しておこう。  思い出深い富良野を過ぎて、僕らは初めてきた時と同じ道を、今度は札幌目指して走っていった。  夕方には札幌に着いた。  郊外の往復4車線の道を走っていて、友紀が右折の為対向車線に入った時。友紀はいきなり後から車に追突されそうになった。車は激しくクラクションを鳴らし、そのタイヤは恐ろしいほどの悲鳴をあげた。間一髪、友紀はその車をかわしたものの、よほどおどろいたのか、右側の路肩にバイクを停めた。あまり車が走っていなかったので僕らは誰も気づかなかったが、この道路は4車線もある大きな一方通行の道だった。そうとも知らず、対向車が来ないからと後も確かめずに車線変更すれば、やはり追突される危険性はある。「札幌、恐るべし」とさかんに友紀が言っていた。  やがて市街地に入り、今夜の宿を探した。友紀が調べて予約を入れたカプセルホテルだ。しばらく市街地の中をぐるぐるまわり、やがて見つけた。 
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