第1章

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 その日はもう一人、高校卒業後、親戚の経営する本屋で働く長谷部伸彦が仕事の帰りに遊びに来ていた。本屋といっても、いくつかの支店があるような、地元ではわりと大きめの本屋だった。そこで事務処理をしたり、得意のバイクで配達したりしている。僕らは高校時代のクラスメイトで、よく一緒にバイクを乗り回して遊ぶ仲間だ。    それは、なんの変哲もない一日の、穏やかな夕方だった。  友紀は雑誌を読んでいた。伸彦は寝そべって漫画を読んでいた。僕はファミコンで歴史もののシミュレーションゲームをやっていた。    そんな時、友紀がふと言い出した。  「今度の夏、北海道に行こう」  あまりに唐突な話だった。友紀は北海道特集のバイク雑誌を読んで思いついたようだ。 「バイクで?」と僕は聞き返した。  友紀が「うん」と答えると、伸彦はちょっと考えるように言った。 「いいねえ、俺も一度は行ってみたいと思ってたんだ。けど、仕事あるしなァ」 「貴志はどうする?」  そう聞かれた時、僕のイメージにある丘陵の風景がふっと、穏やかな風をはらみながら頭の中に浮かんだ。何故か小さい頃から北海道というと思い浮かべるイメージだ。 「何か見つかるかも知れないな」  そんな期待が、僕の心に吹き抜けていった。 「ああ。行こう」  僕は即答した。  問題は伸彦だ。やはり行けそうにないと言っていた。 「社長の叔父さんに頼み込め!」  友紀はそう言いながらバイク雑誌の写真のページを開いて伸彦に見せた。 「ほ~ら、お前の好きなラベンダーが見渡す限り続いているぞ。あのテレビドラマのロケ地もあるし」 「それは、わかっているケド・・・」と言葉を濁す伸彦に、横から僕が口を出した。 「店番じゃないから盆休はあるんだろ?それに有給でも付け足せよ」  友紀もたきつけるように言った。 「おまえには、十代最後の記念だろう、そう言っておじさんを丸め込めよ」  なるほど、友紀はそう思っていたのか。確かにその通りだ。僕と友紀は8月までには二十歳になるが、伸彦は12月。僕らは二十歳の記念に、そして伸彦は十代最後の記念となる。  伸彦は「そうねえ・・・」と、その場で即答しなかったが、やはり、“十代最後の”というコロシ文句に心が動いていたのだろう。数日後友紀に電話があって、弾んだ声で、「そうとう頼み込んでなんとかOKをもらった」という返答があった。  
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