第1章

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 店の中に入って、お決まりの缶コーヒーと自動販売機のチーズバーガーを買った。話す相手もなく、ときおり行き交う車のテールランプを眺めながら、無言で食った。  山口市に近い小郡に入った。  市街地の中を、9号目指して走っていた。  沿線の民家も商店も、深い眠りについている。僕のバイクの風圧が商店のシャッターを押しのけようとして激しい音をたてている。道がよく分からなかった。市街地はやはり、めんどうくさい。標識のひとつでも見落とせば、方向が大きく違ってしまうこともよくある。スピードはやや落としていたものの僕の視線はいくつかの信号の先にある案内標識を見つめていた。  その時。  右前方を走っていた車がいきなり僕の進路を遮るように左折した。ウインカーもついていなかった。 「あぶねー!」  瞬間的に心が叫ぶと同時に僕は、おもいっきりブレーキをかけた。リアサスが一杯に持ち上がり、キキッ!とタイヤが鋭く短い悲鳴をあげる。そして、前輪のほんの鼻先を、車は通り過ぎていった。  危なかったが、とりあえず事故にはならなかった。   その瞬間は夢中だったので、意外な冷静さがあったけれども、一安心すると同時に恐怖感がわいてきた。僕はバイクを止めて、大きく深呼吸した。  ふと見ると、左折した車も止まっていて、中から人が降りてきた。その人は黒いズボンに黒いTシャツ、黒いカーディガンに黒いサングラス、そして、雪駄を履いた角刈りのオニイサンだった。肩を怒らせ、のっしのっしと僕の方に歩いてくる。僕は、事故とは違った意味の恐怖を感じた。しかし、ここで気後れすればどんな目に遭わされるかわからない。僕はとっさに、さっきの様子を頭の中で再現してみた。よし、僕は悪くない。別にぶつかってもいないし。来るなら来て見ろと、気合いを入れた。  こんな時は弱気な方が負けなのだ。それは、経験上知っている。  あれは、僕の高校留年が決まった2回目の2年の、7月頃の話だ。  僕はそのクラスではちょっと浮いた存在だった。年下の連中になめられないようにと精一杯虚勢を張っていたからだ。  そんな僕に、学年中のワルが目をつけた。
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