そう見えた

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 挨拶の主は秋原トヨさんである。愛想のいい人で、男女関係なく人と話しているのをよく見かける。頬がふっくらとしているせいか、彼女の顔には柔和な印象があった。  彼女の栗色の混じった長髪は、飾り気のないゴムでひとつにまとめられ肩に垂れ下っていた。普段ならば束にせず、背中へ流していたはずだった。 「おはよう。髪型変えたの?」 「寒くなってきたし、気分変えようと思って。似合ってるでしょ」 「ああ。すっきりしてるよ」 「それ褒めてるの?」秋原さんが苦笑する。  今学期からの席順で、秋原さんが前の席になってから、彼女とはよく話す仲になっていた。柔らかな雰囲気が人の言葉を引き出すようで、自分でも驚くほど彼女との会話はよく弾む。登校時間が被っているため、朝は特に話す時間が多かった。  秋原さんと話しているうちに、教室にも活気がでてきた。彼女は教室に入ってくるほとんどの生徒に挨拶をしていく。彼女との会話がそのたびに中断され、落ち着かない気分になる。 「たびたびごめんね。それでね――」  しかし秋原さんが軽く謝り話を再開すると、俺の胸中はすっと楽になった。  時計の針が進み、予鈴がなる直前、教室の引き戸を開けて誰かが勢いよく駆け込んでくる。複数の口で荒く息を繰り返しながら、それは俺の隣の席についた。     
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