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あれから三十年後…… 結婚し、妻子に恵まれた私は実家から程近い場所にマイホームを建てた。息子の小学校の学区が私が二年間だけ通っていた市立小学校になることが引っかかったが、値段と今の収入と今の会社の通勤時間を考えるとここしか無かった為に妥協することにした。
ある日の夕食中、小学六年生の息子がふと言い出した。
「ねぇ、パパ。呪いの音楽室って知ってる?」
私は思わず箸を落としてしまった。それと同時に手の甲に僅かに残った古傷がじりじりと痺れだす。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。で、その呪いの音楽室とは何かな?」
誰よりもよく知っている事だがすっとぼけておいた。
「うん、僕の学校の音楽室に昔から伝わる話なんだけどね…… そこで縦笛の練習をしてると女の子の声で『大きい指、良いな』って聞こえてくるの。それから『指欲しい』って言うからその問いかけに答えると指を持ってかれちゃうんだって。バカバカしい話でしょ?」
「全くだ」
全く同じ噂が三十年も流れ続けているとは。息の長い噂話である。
「もう50人超えてるらしいよ」
人数が増えていると言うことは昔の私達みたいに馬鹿をやった人間も毎年出てきているのか、もしくは遅くまでリコーダーの練習をしている児童が不幸にも巻き込まれているとでもいうのかもしれない。息が長い噂話になるのも納得というものである。
「この前クラスの女子が試しにやりに行ったんだ」
「どうなった?」
「転校しちゃった」
「はぁ?」
「お父さんの急な転勤らしくて」
娘さんに何かあって転校する時の常套句だ。近所に変なおじさんが出没した時にもこうして転校した女の子がいたものである。
「それでね、今度僕も友達と一緒に確かめようと…… スマホでずっと撮影するんだ」
「絶対にやめろ。いいな」
私はこれまで息子に見せたことが無いような修羅の形相を見せた。これで素直に従うような素直さはこの年代の子供には無い。息子に厳命するのは勿論の事、学校に連絡して音楽室の施錠をお願いするしか無い。
息子は私から視線をそらすように切られていたテレビを点けた。いたたまれなくなったのだろう。
「こら、食事中はテレビやめるように言っているだろ」
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