音楽

3/13
前へ
/13ページ
次へ
 僕が慣れないリコーダーに悪戦苦闘していると、隣の女の子が話しかけてきた。 「どうしたの? 吹けないの? 仲間だね」 「ははは」 僕は苦笑いで返す事しか出来なかった。その女の子もリコーダーでの演奏が出来なくて困っている様子だった。その子の指を見るとやけに小さい。僕と比べると一回りか二回り小さく小学校低学年の子ぐらいの指を思わせた。そのせいか指の運指が上手く行かずに演奏も上手く行かない。  僕は何とかリコーダーの運指に慣れてきたのか、簡単な曲なら何とか吹けるようになってきた。普通ならそれを喜ぶ場面なのだが、音楽教師のせいでどうも喜ぶ事が出来なかった。 エーデルワイスを何とか吹き終わった僕に音楽教師は言い放つ。この音楽教師は先のリコーダーの注文書を渡した音楽教師ではなく、まだ新卒数年目の音楽教師である。 「あなた、もう少し流暢に吹けないの?」と。 こちとらリコーダー歴数ヶ月なのに無茶を言うものである。このように児童に対して容赦なく罵倒をすることから音楽教師は児童たちからの評判は極めて悪かった。聞く話によると音大を高いカネをかけて卒業したのだが、どこのオーケストラにも楽団にも拾われずに在学中に嫌々受けていた教職課程を経て嫌々教師になったとの事であった。現に児童の保護者からも苦情が来るほどの罵倒をしていたのだが学校側が毎回庇う事で教師を続ける事が出来たのであった。  僕の隣の女の子が吹く番がやってきた。運指が上手く行かなくどうにも上手く行かない。ピーだのプーだのと言ったとても演奏とは言えない音楽ですら無い音が鳴り響く。それを見て音楽教師は明らかに苛々を隠せないでいた。演奏途中だと言うのにレイピアを思わせる先端の尖った指揮棒で彼女の手をピシリと叩いた。空を切る音が一番後ろの席にも聞こえてくる事からほぼ全力で振ったと思われる。一番後ろの席に座る友人から聞いた話である。 「あなたどうして笛の一つも吹けないの!」 音楽教師は修羅の形相で彼女を怒鳴りつける。彼女は泣きながらごめんなさいごめんなさいと言うことしか出来ない。正直見ていられない光景である。 「小学校の低学年でも吹ける曲なのに恥ずかしくないの!」 「手が小さくて届かなくて」 「言い訳するんじゃない!」 何度もぴしぴしと手が叩かれる。血こそ出ないものの手の甲がミミズ腫れでいっぱいになってきた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加