【三】

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【三】

 大人になってからは殆ど視えなくなってしまったが、僕は過去、『見えざるもの』に何度か出遭っている。  塾の帰りの夕暮れ時――墓場の角のところに、『兵隊さん』が立っている。  普段は視えないのだが、タイミング良く(悪く?)信号機が青に変わる瞬間に通りかかると、かなりの高確率で出遭ってしまうのだ。  信号の青白い光の反射は、ぽわわわんと全体的に薄茶色の靄に包まれる軍服姿の『兵隊さん』を映し出す。その、中年風情の『兵隊さん』は、常にじーっと一点を見詰め続けているだけで、『うんでもなければ、すんでもない』のだ。  初めこそ腰を抜かすほど驚いたが、そのうちそれは日常風景と化し、『ああ、今夜も立ってるな』くらいにしか感じなくなっていた。  オーロラについても、誰にも告白できていない。  あの晩、『あんな凄いことが話題に上らないわけが無い』と幼心に考えた僕は、ニュース番組をつぶさに確認したが、映像すら出て来なかった。ならば、地域限定かと思い、翌日、学校で騒ぎになっていないかと、皆の様子を窺ってみたが、全く誰の口からもそんな話題は上らなかった……  外見が、ちょっと皆と違うことは幼心に自覚していた。  母子家庭であることも然り。  ちょっとばかり、周囲との感覚に、目に見えない『ズレ』も感じていた。  だから――  僕は、できるだけ目立たないように生活していた。  その延長線上で、オーロラの話も一旦心の中に仕舞い込んだのだ。
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