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「もしかして……」
君は……坂の上のイチイの生垣の家の子じゃないか? 一通り仕事の話が済むと、徐に社長さんが切り出した。
「あー! どこかでお会いしたことがあると思ったら…」
経理を担当をしているのは、社長の娘さんだ。「もしかして、サッカーしていませんでしたか?」と聞いてきた。
「はい。小学校を卒業するまで、祖父母の家に住んでました。サッカー少年団にも所属してました」
親子は、合点がいった様子だった。
「綺麗な男子だよね、って近所で凄く有名でしたから」
経理担当の娘が言った。聞けば、自分達の四級下らしい。
「あなたのお祖父さんとお祖母さんは、皆に信頼される方々でした」
結局、「積もる話をしようじゃないか」と社長さんに誘われ、断り切れずに夕飯をご馳走になることになってしまった。「店屋物で申し訳ないですが…」と言いつつ、特上の握りをとり、奥さんが急ごしらえとは思えないほど色彩豊かな、手作りのお惣菜を小鉢に盛り付け盆に乗せてやってきた。
「あの頃、寄合いの後には必ず皆で酒を酌み交わしたものです。そんな時、君のお祖父さんから、偶にお孫さんである君の自慢話を聞かされたものです――」
「どんな自慢話でしたか?」
間髪入れずに、隣から質問が飛んだ。
「『皆はあの子の容姿を褒めて下さるが、あの子は頭が良くて気立ての優しい子なんです』と、よく話していました。その頃の私は寄合いの中じゃ新参者でしたが、分け隔てなく接して下さった彼のお祖父さんのお蔭で、すんなり地域に溶け込むことができたものです」
懐かしそうに、深い皺を益々深め、穏やかな優しい笑顔で話してくれた。
僕は、薄っすらと『鬼瓦』な祖父の顔を思い出していた――全く現実味を伴わない話は、残念ながら他人事としか思えなかった……
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