【序章】

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〇●●●  当時、その地域内での『母子家庭』は珍しく、特に『混血児』はもっと珍しかったようで、不躾な興味関心を寄せられることが多かったらしい。しかし、幸い祖父母は近所との関係を良好に築いていたため、孫が直接的な悪影響を受けることは無かった。  奔放な娘曰く『混血児は、両親のそれぞれすぐれた形質を受ける可能性が強い』だそうで、「『ハーフ』じゃなくて『ミックス』って欧米じゃ言うもんなのよ」が、彼女の口癖だった。  祖母は、そんな娘を呆れ顔で(すが)めつつも、『生まれた子には何の罪もない』と言い、混血でも、ハーフでも、ミックスでもなく、ただ単に、『自分達の孫』であるという、極めて常識的なスタンスで娘や孫と向き合っていた。  自営業の祖父は、大変に真面目で実直、そして寡黙な人物だった。  何より『世間体』を大事にし過ぎるほど大事にしている節があり、最期まで、その奔放な娘だけでなく……何の罪もない孫に対しても、率直な愛情を向けることは無かった。  孫は常に『おっかない顔』を崩さない祖父の前で、少しばかり委縮して生活していた。  一方の祖母は、何もかもを包み込んでしまえるのではないかと思われるほど、心も身体も大らかな人物だった。  誰もが口を揃えて『働き者』だという彼女は、親方として現場仕事に出ることの多い祖父や職人達の為に早朝から弁当を作り朝飯を食べさせ、日中は事務仕事や家事に忙しく立ち働いていた。  明るく朗らかな性格で、祖父を苦手とする孫の前だけでは、自分の夫の事を『偏屈祖父さん』と呼び、その背中に向かって舌を出し、右手の人差し指を自分の目の下に添えて思いっきり下にさげると、『アッカンベー』をする。  すると、孫が控えめながらもクスクスと笑い出す――祖母は、祖父の心を慮りつつも、可愛い孫の盾となり、幼い心を温かくフォローしていた。
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