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しかし、時間が気になっているボクにとって、本の内容など頭に入るわけもなく、時計と本とを交互に眺める行為を繰り返しているだけだった。
やがてそんな自分がつまらなくなり「少々早くてもいいや」そう思ってコンビニを出ることにした。ミントの清涼剤を一つ買い、紙袋を抱えて『ピンクシャドウ』へと向かう。
清涼剤を齧りながら一歩一歩、店に近づく。そのたびにボクの心臓がドクドクと音を立て、次第に緊張感が高まっていくのを感じていた。
今日が最後になるだろう店の前。その光景を目に焼き付けるようにじっと看板を見つめていたが、やがて自分の中で何かを決心できたかのように、自然と足が前に出た。
エレベータの扉が開くと、そこには見慣れたドア、見慣れた照明、そしていつものボーイが立っている。
「いらっしゃいませ。」
いつものようにニコニコ顔だ。
「あの。」
と話しかけたのも束の間、
「伺ってますよ。ミウさんですね。」
「今日はラストまでお願いします。」
「それも聞いております。」
ボーイさんがそう言った途端、ドアが開いて中から客が出てきた。
「少しこちらへ。」
彼はボクを待合室へと案内し、蛇腹のカーテンを閉めた。カーテンの外では、女の子がお客さんを送り出すセレモニーの様子が聞き取れた。
「カランカランカラン」
ドアの開け閉めの音が聞こえた後、カーテンが再び開かれる。恐らくは他の客からボクに目を惹かないようにとの配慮かも。
受付を終えて別のボーイさんがボクを一番奥のシートへと案内する。四人かけぐらいのボックス席だ。部屋の奥にこんなシートがあるなんて知らなかったが、ここならゆったりできていいかも。
そしてミウが現れる。
いつもなら、「ミウさん、○○番テーブルリクエスト」なんてアナウンスがあるのだが、今宵のコールは静寂のまま。
指名できないはずの女の子がコールされると不審に思うよね、普通。
「アッくん、待ってたよ。」
「今日はコールがかからなかったね。」
「だって指名できないもん。アッくんも今日は指名じゃないのよ。」
「えっ?」
「今日は私の逆指名。だからコールが無いの。もうお客さんも少ないから、店長がいいよって言ってくれたし。」
確かに部屋の中では、もう数人ぐらいしか残っていない。土曜日でも帰宅することが前提の客は、やはり最終電車に間に合うように店を出るのである。
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