▽エピソードその十一▽

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そう言って俯くので、ボクは肩を抱き寄せて、 「今は少しでもそばに居てくれるだけでいい。そしてキミの匂いでボクをおかしくさせてくれればいい。」 「おかしくならないでね。」 「がんばる。」 気がつけばすでに二十五時を回っていた。店内にはボクたちだけが残されていた。 「この後の予定は?」 「なんもないよ。」 「送っていってもいい?」 「普通に帰してくれるなら。今日は送り狼にならないでね。お願い。」 「安心して。少しでもキミと一緒にいたいだけだから。ガソリンも満タンにしてあるし、宇都宮ぐらいまでなら送ってあげられるよ。」 「そんなに遠くないから大丈夫。」 「どこなの?」 「亀戸よ。ここからだと電車なら乗り換えないと帰れないところ。」 「ボクのアパートは飯田橋だから、ここからだと途中の駅だよ。」 「今度アッくんのアパートに行くときは駅まで迎えに来てね。」 「家までクルマで迎えに行くよ。」 「いいの。電車で行くから。今日も駅まで送ってくれればいいの。自転車が置いてあるから。それに男の人に送ってもらったの、まだ見られたくないし。」 「わかった。」 これでボクの今宵の予定が全て決定した。 そろそろラストタイムの時間が近づき、店内には閉店を知らせるBGMが流れ出す。 「今までよく頑張ったよね。卒業おめでとう。」 「ありがとう。もうこんなアルバイトはしないから安心してね。」 ボクたちは最後までずっと静かに抱き合っていたのだが、最後の時間が来ると、ボーイがミウの肩を叩いて閉店の合図とした。 「三十分ぐらいで用意するから待っててね。」 そう言ってボクは彼女に見送られてドアを出た。するといつものボーイがボクに詰め寄り、そっと耳打ちする。 「他にも可愛い女の子がいますので、またのご来店お待ちしております。最近、若いお客さんが減ってきたような気がしていますので、お店の活気のためにも、よろしくお願いしますよ。」 まあなんと不謹慎な。 「来ないですよ。」 呆れて怒る気にもならなかったが、まあお店の事情とすれば仕方ないのかなとも思う。 店を出たボクは近くにパークしておいたクルマに乗り込みエンジンをかけた。室内を暖めておくことが目的である。店内がかなり暖かいので、外との温度差はかなりのものだ。 パーキングの目の前にあるコンビニの灯りが眩しい。 「そうだ、温かい飲み物でも買っておこうかな。」
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