▽エピソードその十一▽

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今すぐに買っても醒めてしまうだけなので、クルマの室内が少し暖かくなったのを確認してから缶コーヒーを二本買ってきた。エアコンの吹き出し口にはドリンクホルダーが付いているので、さほど冷めることはないだろう。 そして待つこと三十分。 彼女の宣言どおりの時間で店から出てきた。ドアの外では店員や女の子たちと最後の別れを惜しんでいる姿が見える。そこへボクが行くのは憚れるだろうと思い、姿の見える道の通りまで出て彼女を待つ。 数分後、ネオンの灯りが半分ほど消えた通りの中で、それでもわずかばかりの照明に映し出されていたボクの姿を見つけたミサは小走りで駆け寄ってきた。 「おかえりミサちゃん。」 ボクはそう言って彼女を迎えた。もう彼女をミウと呼ぶことはないだろう。 「ただいまアッくん。」 彼女もボクの挨拶に合わせてくれる。 「待った?」 「いいや、予定通りだから心配ないよ。お店の人たちとちゃんとサヨナラできた?」 「うん。いい彼氏ができてよかったね、だって。いい彼氏?」 「そうだね。そうなるようにがんばるよ。」 「私もいい彼女になるようにがんばる。」 短い距離だけど、手をつないでクルマに向かう。ドアを開けて助手席へとエスコート。ちょっと照れてるはにかんだ笑顔が可愛い。 「さて、亀戸の駅まで送ればいいんだよね。」 「うん。」 ボクはナビゲーションで「亀戸駅」を設定して、いざアクセルに力を込める。ブルルンと音を立てて動き出すボクのクルマは、やや静かになりかけている新宿の街を後に煙とエンジン音だけを残して立ち去った。 「アッくんって面白い音楽を聴いてるのね。」 何気にBGMをCDに頼っていたのだが、たまたま入っていたのがアイドルグループだっただけに、彼女は意外だったようだ。 「別にこれだけじゃなくて他にも聞くよ。」 「私も普通の女の子が聴いてるようなジャンルかな。」 「早かったら二十分ぐらいで着くけど、まさかお腹が空いたりしてない?」 「そんなに早く着いちゃうの?」 「高速に乗らなければ四十分ぐらいかな。」 「そっちでいい。朝寝坊すればいいだけだから。」 彼女の手は、ギアを握るボクの手に添えられる。 「あともうちょっとだからね。」 「ん?何が?」 「試験日。」 「うん、頑張るんだよ。」 「ちがうの。ちゃんとしたデート、もうちょっと待ってね。」
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