▽エピソードその十二▽

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『ロッキー』に着いたのは約束の六時を少し過ぎた辺り。積極的に行きたいわけでもないので、ボクの足取りは重かったのだ。 扉を開けて店に入ると、ヒデは右奥のテーブル席でふてくされるように待っていた。 「遅い。約束の時間に遅れるなんておまいさんらしくもない。」 「オレは約束なんてしてないよ。勝手にそっちが一方的に喋って、勝手に電話を切っただけじゃん。だから約束なんてしてないの。」 「まあいいや。どうせ、こちとらもう二時間も飲んでるわけだから、十分や二十分おまいさんが遅れたところで構いやしない。それより聞かせろよ。最後どうした。店が終わった後は行ったんだろ?」 「何を想像してるのか知らないけど、彼女の家の近くの駅まで送っただけだよ。」 「おまいさんは仙人か。そこまで行ったら普通は送り狼だろ?何でそれができない?うまく彼女にコントロールされすぎてないか?いい具合に利用されてるだけなんじゃないの?」 「試験前だから。そうじゃなかったら無事に送り狼になってるさ。オレだって聖人君子じゃない。だけど、大事な時期ってあるだろ?今の彼女がその時期なんだ。」 「おまいさんにとっての大事な時期はいつなんだ?今じゃねえのかよ。」 「ああ。今じゃない。オレにとっても大事な時期は彼女の試験が終わってからなんだ。」 「しかし、あの店も律儀だよな。オレとおまいさんの関係を女の子から聞いたらしくて、全然ミウちゃんに会わせてくれなかったもんな。」 「カレンさんには感謝してるよ。お陰で店ではキミらの目線を気にせずに過ごせたしね。」 「そんなに言うほど通ってたのかよ。」 「オレにしては通った方じゃないかな。キミらの通う頻度までは知らないけど。」 「なあ、どうやったら女の子たちとデートできるんだよ。教えてくれよ。」 「知らないよ。でもたまたま街で出会ったのがきっかけだから、やっぱり運かな。」 「くそっ、どうせオレには運が無いさ。で、いつになったらミウちゃんを紹介してくれるんだ?」 「もうミウちゃんっていう名前じゃないんだ。」 「なんていう名前だい?」 「それを聞いても内緒にできる?あの店の他のお友だちとかに言わない?掲示板とかに書いたりしない?」 「そこまでオレも破天荒じゃないぜ。個人情報だろ。」 「じゃあ教えてやるけど、彼女はミサちゃんって言うんだ。今度会うことがあったら、そう呼んであげて。」
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