▽エピソードその十二▽

3/5
前へ
/130ページ
次へ
「源氏名とあんまり変わらないな。」 「覚えやすいようにだって。店長の計らいらしいよ。」 「なるほどなるほど、そういう話をするんだな。でもどうやって彼女の本名を聞きだしたんだ?それを教えろよ。」 「彼女が自分でポロッと漏らしたのさ。それで、客に簡単に本名とか教えちゃダメだよって言ってあげたんだ。」 「なるほどなるほど、そういう返しをするんだな。オレだったら有頂天になって、どんどん他のことも聞いてしまいそうだな。で、彼女の家は?どのへん?」 「そんなこと教えられるか。頑張ってカレンさんの本名とか聞いて、下心なしにデートのお誘いでもしてみれば。」 ここまでで、おおよそヒデがボクに聞きたかった内容が網羅されていただろう。それ以上のことはボクからは言えないし、これからのことなんてわからないことだらけだし、紹介できるようになったらねということで満足してもらった。 そして明日からまた暫くは平凡な日々が始まるのである。 しかし、何も無い十日ばかりの月日は、今のボクにとって果てしなく長い期間である。 彼女の意志を確認しているだけに、会えないのはとてつもなく淋しい。 そんなミウのラストデーから二日ほど経ったある夜。一通のメールを受け取った。 ミサからだった。 結局、彼女からのおやすみコールはこれが初めてだったが、彼女の笑顔の写真が添付されていた。 ―ゴメンネ、忘れてた。おやすみコール。この写真で許して。― これさえあればボクは大丈夫。 ―写真ありがと。試験までもう少しだ。頑張れ。― ボクは写真の彼女を瞼に焼き付けてから眠りにつく。そんな夜を過ごすのである。この日以降、おやすみコールが二日おきぐらいに入る。ボクも「がんばれ」と返事をして画面を閉じる。 『試験が終わるまでの我慢』それはボクがボク自身に言い聞かせる呪文のようなものだ。彼女がボクの部屋に来てくれる日まで、ボクはボクでがんばる。 その日がいつ来てもいいように、少しずつ部屋を片付けていく。見られてはいけないエッチな本、散らかっているキッチン、置きっぱなしの洗濯物。いつの間にか徐々に身の回りの整頓ができる様になっている。ボクにとってもいい期間になっていたようだ。 そして片づけを終えた後、ボクはミサからもらった写真をながめ、写真に向かって「おやすみ」と言ってから消灯する毎日が続くのである。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加