▽エピソードその十二▽

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その間、月は丸くうずくまるように雲のベッドでまどろんでいたようだ。 ボクもしばらくは穏やかに朝を迎えられることだろう。 そして来る二月某日。 彼女の国家試験の日。 試験会場は公開されていないので、どこで受験しているかはわからないけど、どのみちボクには祈ることしかできない。 「そういや、どんな受験科目があるのかも聞いてなかったな。」 そんなことを思いながら、自分が受験するわけでもないのに、この日の朝からずっと緊張しっぱなしで、なんだか一日中ソワソワしていた。夕方になり、そろそろ試験も終わっているだろう四時ごろになって、ようやく何となく肩の力が抜けていた。そんな一日だった。 そしてその日の夜、ミサから電話が入る。 「ヤッホー。終わったよ。」 「どうだった?できた?」 「たぶん。アッくんが応援してくれてたから。」 「何にもしてないけど。」 「ううん。ずっと集中させてくれてた。やっぱり大人だなと思った。ありがとう。」 「お祈りだけはずっとしてたよ。」 「お礼しに行かなきゃ。もう大丈夫。今度の土曜日にアッくんちに行く。お昼ごはん作ってあげる。駅まで迎えに来てね。飯田橋でしょ。」 「うん。そこから五分ぐらいかな。」 「総武線乗る前に電話する。何が食べたい?あんまりレパートリー無いけど。」 「そうだな。グラタンっていうのはどう?」 「それだったらできるかも。ソースだけは缶詰でいい?」 「いいよ。買い置きしておこうか?」 「いいの、それまでにレシピも考えたいから。じゃあ土曜日。」 「はい。お待ちしております。」 自分自身のことではないけど、朝から緊張していた一日。 その終わりにご褒美をもらった気分だった。 彼女がボクの部屋に来る。そのことが具体的に決定した日となった。 そしてこの日から部屋の中の整理整頓は、徹底的に余念がなくなるのである。 月曜日から金曜日までの間、ボクの気持ちはずっと昂ったままだった。こんな気持ちは高校生のとき以来かもしれない。 自分自身が純粋に恋をしているのがわかる。そんな気持ちだ。 お陰で仕事のスピードも早い。叱られても顔が笑っていたらしい。多少仕事で辛いことがあっても、彼女の写真を眺めることで忘れられた。残業も苦にならなかった。 彼女の試験が終わってからというもの、おやすみコールは毎晩入ってきたし、ボクも負けじとおはようコールを毎朝送っていた。
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