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そこには吐息とはまた違った彼女の芳香が待ち受けていた。ボクが彼女の虜になるには、それだけで十分だった。
ボクは再び甘えるような目線を彼女に送り、もう片方の丘陵へも挨拶に伺う。彼女はボクの頭を抱えるようにして、ボクにぬくもりを提供してくれる。
その時間はボクにとって至福の時間となっていた。久しぶりに感じた許しあえる抱擁と互いへの気遣い。先日体験した店の女の子とのやり取りとは全く違った感覚に溺れている。そんな感じだった。
それからの時間、ボクは静かに彼女の甘い吐息と肌のぬくもりを楽しんでいた。
こうした楽しい時間というのは感覚的に早く過ぎるものである。あっという間に延長した時間が過ぎて行く。
すると、またぞろ場内アナウンスが延長を催促していたようだ。
「お兄さん、またそろそろ時間だって言ってます。どうされますか?」
「今日はありがとう。今夜はこれで帰ります。でも、また会いに来てもいいですか?」
「うれしいです。お待ちしてます。」
なんだか久しぶりの恋人に会えた気分だった。しかし、それは大いなる勘違いなのである。彼女にとって、それは仕事なのだから。恐らくはアルバイトなのだろう、けれどもれっきとした仕事である。本当にボクの恋人になることはないのだ。
それでもいい。また彼女に会いに来よう。ただ単純にそう思っていた。
いずれボクの胸の中に激しい嵐が吹き荒れることになるとも知らずに。
まだヒデもケンさんもお楽しみの時間を延長し続けていたようだが、彼らを残したまま、一足早く店を出ることにした。
大いに彼女のことが気に入ったことを隠したかったからである。なぜそう思ったのかはわからなかったが、このことは彼らには伏せておくべきことと思ったのである。
今宵の月は上弦。白く穏やかな光だった。
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