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そうしてボクたちは、またぞろ二人だけの世界に入っていく。
特に多くの言葉はいらない。互いの吐息とぬくもりを確かめ合うだけなのだから。
この時間だけはボクと彼女は恋人同士だった。少なくともボクはそう思っていた。そう思い込める時間だった。
そう、決して彼女はホントのボクの彼女ではないのだ。けれどボクはその時間をまったりと楽しむのである。
結果的にボクがいる時間の間に彼女を指名する客はなく、ときおりフリー客の顔見せ以外で彼女を取られる時間もなかった。
それでもやがては楽しい時間が終了し、そろそろ今宵の別れの時間が来たようだ。
「また来る。また指名してもいいよね。」
「うん。待ってる。」
最後にボクたちは熱い抱擁と口づけを交わして別れて行くのである。彼女は店に残り、ボクは立ち去っていく。
彼女はドアが閉まるまでボクを見送ってくれた。きっとまた来るだろう。ドンドン彼女にはまって行く自分がいた。
またいたいけなボクのいけない恋が始まってしまったのである。
夜空には、薄く神妙な光を放つ月がボクを見送っていた。
それでもボクは期待していた。彼女からメールが来ることを。
しかし、その期待は見事に外れたのである。
いつまで経ってもメールは届かず電話もならなかった。
「やっぱりボクはただの客なんだな。」
そう思わざるをえなかった。しかし、それは当たり前のことなのである。冷静に考えれば、ただの客とキャバの女の子。それだけの関係なのだから。
わかってはいるものの、相当彼女のことが気に入ってしまったボクには、もう止められない感情となっていたのである。
結果的にボクは次の週にも店を訪れることになるのだが、それまでに整理しておかねばならないことがあった。
ケンさんとヒデのことである。
ヒデはあの店の常連客のようだ。お気に入りの女の子もいるという。なんていう名前の女の子だったか、今となっては思い出せない。
店内では、やれヘルプだのやれフリーだのと、女の子たちはシートとシートの間を、通路をせわしなく行き来していた。その間に、ボクが彼女とイチャイチャしているところを見かけられたりしているのだ。指名客を多く抱えている女の子にとって、他の指名客などに興味は無いのかもしれないが、聞くところによると、こういった世界にも指名客の奪い合いが有るとか無いとか。
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