▽エピソードその六▽

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▽エピソードその六▽

ミウから出勤情報のメールをもらってからは、なんだか安心して普段の日常を過ごしていた。勘違いなのはわかっているが、彼女との距離が縮まったという想いが、ボクに安心感を与えてくれていた。 結果的にボクの表情も変わっていたらしい。 その週末、クリスマス戦線がピークに差し掛かる金曜日は、一年で最も忙しいと言っても間違いではない。 そんな日は通常の何十倍ものエネルギーと精神力が求められる。ボクの唯一の心の支えはミウとのわずかばかりのつながりだけなのだが、日曜日には彼女に会えると思うと、日ごろの仕事にも力が入る。 「不動、なんかいいことあったか?最近、いい顔してるぞ。」 なんて係長にからかわれることもある。 午後も過ぎると、ボクたちの仕事はトップギアに入る。ランチを終えた店が夕方の準備を始め、前日の在庫確認を怠った店からは緊急非常事態の注文が入ったりするのである。 しかもそれが一件や二件で済まないのが現実だ。 営業は得意先からの注文を取りまとめ、配送センターへと連絡する。在庫が不足しそうなものはメーカーへ電話する。場合によっては、営業自らが配送するケースも稀ではない。 「今日がミウの出勤日だったとしても、この調子じゃ行けなかったな。」 彼女のシフト変更はボクにとってもラッキーな想定外となっていた。 そんな稀ではないお店への配送が終わり、一息入れようとコーヒーショップに立ち寄った時、更なる想定外の出来事が起きた。 配達用の軽トラをパーキングに停めて、駆け足でショップに向かう。御茶ノ水近くの小さな道路脇の店だった。 ドアをくぐり、カウンターで冷たいコーヒーを注文して待っていると、目の前に信じられない光景が飛び込んできた。 「あっ。」 「えっ。」 唐突に訪れた瞬間は、驚きのあまり、目の前が真っ白になった世界観が映っていただろう。 少なくともボクはそうだった。 そう、カウンターでコーヒーを待っていたとき、突如として目の前に現れたのは、ドアから入って来たミウだった。 一瞬止まる時間・・・そして再び動き始める。 どうやら彼女は一人だったらしく、すっとボクのほうへ近づいてきた。 「アッくん。」 「やあ。」 少し戸惑いながら尋ねてみる。 「なんて呼んだらいいのかな。」 「ミサでいいんじゃない。」 彼女ははにかみながら答えた。
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