▽エピソードその六▽

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「なんだか本名で呼ばれるとドキッとする。」 「ボクも呼んでてドキドキしてるよ。」 ボクの緊張感は、さっきからずっとヒートアップしっぱなしだ。 話に夢中になっているうちに、いつの間にかボクたちの飲み物は冷たくなっている。次のステップへのタイミングのようだ。 「あの、ご、ごはん食べに行こうか。」 初めてのデート。緊張のあまり言葉がどもる。 「うん。」 それを気にすることなく答えてくれる。 喫茶店を出てパスタの店に向かう折、当然のことながら並んで歩くことになるのだが、ボクは遠慮がちにお願いしてみた。 「ねえ、手をつないでもらってもいいかな。」 すると彼女は黙ったままそっとボクの腕に捕まってきた。仲良く腕組みをしている二人はさながら恋人同士に見えたに違いない。 次の店に到着するまでおよそ五分ぐらいだったろうか。ボクたちはあまり気の利いた会話をできないまま歩いていた。 ときおり、互いを見つめあいながらであったが・・・。 パスタの店では多くの空席があった。だってまだ夕方の四時だもの。 二人で店の奥のテーブルに座ると、ようやく緊張の糸が解れる。 「お客さんと外で会うのは初めてだから緊張しちゃった。でもアッくんだから会うんだよ。お店の人には内緒にしてね。」 「わかった。でも、この後同伴出勤しなくてもいいの?」 「うん。後で色々とうるさいみたいだから。それに同伴しても私は一円ももらえないって聞いてるし、かえって叱られた女の子がいるみたいよ、あのお店。」 「へえ、そうなんだ。じゃあその分、今日は長くいてあげる。」 「いいのよ無理しないで。それよりもちょっとずつでもいいから、何回も来てくれる方がうれしい。アッくんに会えると安心するし。」 ボクは彼女の手を握り、ニッコリと微笑んだ。 「ボクも何時だって会いたいと思ってる。」 そんな会話をしていた時だった。注文を待ちかねたウエイターがやってきたのである。 ボクたちは少し照れながらメニューを覗き込んで、やや駆け足でボクのボンゴレと彼女のアラビアータを注文した。どうやら彼女は赤いトマトソースが好きらしい。 注文が終わると、またぞろしばらく沈黙の時間が過ぎる。言葉を選びながら話すのって難しいなと感じた。 ボクは先ほど買ったプレゼントをいつ渡そうか迷っていた。
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