▽エピソードその六▽

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「わかった。待つよ。」 そう言って自分を諌めた。 ちょっとドキドキはしたものの、面と向かって告白したわけではない。今のところはキャバ嬢と客の会話である。戯れの範囲を超えてはいないだろう。 しかし、ボクの中ではかなり本気で仕向けた言葉だったのだが、軽く濁してくれたお陰で、助かったのはボクの方だった。 その後、運ばれてきたパスタは抜群に美味しかった。テイスティングと称して一口ずつを分け合った光景もデート中の恋人同士さながらの様子だった。 「ご馳走様でした。」 二人して食事を終えた頃、そろそろミウの出勤時間が迫っていた。 「そろそろ行かなきゃ。先に行くから、後でゆっくり来てね。」 「うん。十分前には行くよ。それまでもう少しここにいるよ。」 ミサはミウになるために席を立つ。 少し微妙な気持ちで見送るボク。 本当は行かせたくない自分がいる。今はまだ、それをお願いする権利は無いんだけど。 そして、クリスマスイベント初日の夜が始まるのである。 『ピンクシャドウ』の開店十五分前、ボクはすでに店に到達していた。 パスタの店からココまでは徒歩で十分もかからない。あっという間に着いてしまった。 店は開店前から入ることができる。以前にも待合室で開店までの時間を過ごしたことがあった。ボクはボーイの指示で支払を済ませた後、待合室で待機することとなる。 今日は日曜日。さすがに金曜日ほど客入りがあるはずもないだろうと予測していたが、開店前にはすでに三人の客が待合室で佇んでいた。 後でわかったのだが、週末の金土日にはこの店のエースが出勤するので、常連の客がそぞろ集まるという算段なのである。 つまり、ミウを狙って開店前から座っているのはボクだけかもしれないということである。勢い、オープンニングの音楽が鳴り始めると、最初に座っていた順から店内へと案内されることになるのだが、ボクが指定されたシートは通路の一番手前のシートであった。 この時点で、ミウの最初の客になることが確定される。そして彼女は先ほどとは少し違った雰囲気でボクを出迎えてくれた。 「アッくん。待ってたわ。」 「ん?」 「だって、ホントに来てくれるかどうか心配だったモン。」 「どうして?来るって言ってたじゃない。」 彼女はそっとボクに唇を合わせてくる。 すると、覚えのあるやわらかな感触と芳香がボクを包み始める。
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