▽エピソードその六▽

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「今日のデートは、とっても楽しかった。またデートしてくれる?」 「うふふ。また連絡する。まだ卒業試験も残ってるから。だから待っててねなの。」 そうか。先の「待ってて」の意味がようやくわかった。そうなのだ。彼女はまだ大学生で、卒業間際なのだ。大事な時期である上に、最後の試験前でもある。そんなことに気付かないようでは恋人失格である。 ボクは自分のことしか考えていない自身を責めた。 「ゴメンネ。自分のことばっかり考えてた。そうだよね。まだ学生だったの忘れてたよ。」 彼女はそんなボクの失態を攻めることなく、いつものように唇をあわせに来てくれる。 そして思い出すのだ。この甘美な芳香とネットリとしたぬくもりを。 今宵もボクは彼女の虜になるだけの時間を過ごすこととなる。 クリスマスイベントということで、入店客は女の子からプレゼントをもらうシステムになっているようで、一応ボクにもプレゼントのおこぼれには預った。どうやらお店が用意しているものらしく、割と貧疎な小物ばかりだった。 中には常連客用にクッキーを焼いてきた女の子や因果のある客への品物などもあったが、ボクはそれ以上のものをすでにもらっているので、店の中で手渡されるプレゼントは粗品程度で十分だった。 そんなことを知っているのは本人同士だけ。店の中とはいえ、まったりとした時間を過ごしていた。しかしながらクリスマス戦線たけなわの店としては、ボクたちだけをまったりとさせるわけにはいかない。別の指名に、そしてヘルプへと彼女はとられていく。 その間、ボクはおおよそ繰り返しロンリーになることが多く、一人で彼女の身辺を心配するのであった。 「ただいまあ。」 ボクのシートへ戻ってくるときの彼女の笑顔が、そしてボクの胸に寄り添いながら目を瞑っている清楚な顔がボクの心を落ち着かせてくれる。 ボーナスも出た後だったし、3セットまでは頑張ってみたが、それ以上は財布がSOSの警笛を鳴らしてきたので、今宵はもうお別れの時間を迎えることとなってしまった。 「また来る。そして連絡を待ってる。でも勉強も頑張ってね。」 「うん。多分、明後日にもう一度出勤して、今年はそれでお終いになると思う。卒論もずっと再提出中だし。」 「わかった。ホントは初詣とかも一緒に行きたいんだけど、ボクも実家に帰らなきゃいけないし。だから、今度会うのは年が明けてからだね。」
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