▽エピソードその七▽

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更に今回は相当なところまで踏み込んできた。 「どうだい、そろそろ彼女は出来たのかい?東京の女に精々騙されんようにな。」 だってさ。 ボクだってみんなが思っているほど初心じゃないと思っている。 そりゃあ確かにヒデほどは経験が無いことは確かだ。でもボクだって人の良し悪しはわかっているつもりだ。 この正月は親戚中から彼女のいるいないについてからかわれることとなったが、まだ二十五にもならない若造を相手に、まさか本気で結婚を急がせる大人は一人もいなかった。 年が明けて二日目にもなると、ボクの体はようやく親戚一同のしがらみから切り離されて、友人たちとの集まりに顔を見せることとなる。 イの一番に誘いに来たのはヒデだった。 「明日の夕方に東高の同窓会やるから来いよ。」 東高とは我らが母校、東山沼津高校のことである。卒業して六年なるが、いまだ地元愛の強い輩たちが、盆と正月には必ず集合する慣わしである。 いつものメンバーはバドミントン部仲間であり、サッカー王国県下の高校生としてはやや異色の部類に入る連中かもしれない。 バドミントン部の同窓会は、いつも沼津駅近くのおでん屋で開催される。部活の帰りによく立ち寄ったおでん屋だ。さすがに当時は酒を飲んだりはしていないが、串を三本ほど頬張って、空腹を満たしていた。おじさんが顔見知りなのでボクたち一行のためにだけ、毎年三日の夜は店を開けてくれる。もちろん、おじさんも参加することはいうまでもない。 同窓会はヒデの乾杯の発声から始まる。これもいつものことだ。 「さて諸君、今回はみんなにうれしい報告がある。なんとアキラ先生が恋に落ちているのである。みんなこぞって彼の恋路を応援してやって欲しい。」 のっけからバカな宣言から始まったものだ。みんなは高校時代の失恋話も大学時代に恋人を取られた話も知っている。だからこそのネタ振りだったのだろうが、ボクにとっては迷惑千万この上ない。 「今度はどんな子だ?」 「どこまでいった?」 「東京の子か?」 みんな蜂の巣を突いたように矢継ぎ早に聞いてくる。そのほとんどが興味本位のゴシップ取材のようなものだ。 「頼むから何も聞かないでくれ。そんなんじゃないんだ。」 「いいよ、オレから発表してやるよ。」 「おい、怒るぞ。恥ずかしいからやめてくれ。」
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