▽エピソードその八▽

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「すごいなあ。さすがに一本指じゃないけど、三本ずつぐらいかな、使ってるの。」 「かえってそっちの方が難しそうだけどね。」 ほのぼのとした会話で時間を過ごしていくのだが、話が一区切りつくごとに抱き合って、互いの体温を確かめ合う。そんなパターンの繰り返しだった。 ふと思いたったボクは、彼女にボクの膝の上に乗るように誘導した。すると目の前が素敵な光景になる。ボクの両腕はスルスルと彼女の薄い衣装の内側へ潜り込んで行き、手探りで背中のなだらかなラインの残像をなぞっている。ギュッと抱きしめると、ボクの鼻先に彼女の皮膚がピッタリと接触し香しき芳香がボクの鼻腔を包囲していく。 「ねえ、あの手袋使ってくれてる?」 「もちろん。毎日使ってるよ。今も上着のポッケに入ってるよ。」 この店では、フロアに入る前に上着はボーイさんに渡しているので、見せることはできなかったけど。 「ミウちゃんも使ってる?」 「うん。アッくんとお揃いだから。」 「あの手袋をしてると、ミウちゃんと手をつないでいる感じになれるんだ。」 「私も。」 「あのさ、次の出勤の時も一緒にご飯食べてくれるかな。」 「ん?いいけど、どうしたの?」 「うん。ちょっとね。ちゃんと告白したいんだ。でもそれはお店の中で言うべきじゃないから。だから。」 「でもそれって、もう告白してるようなものじゃない。」 「だけど、ちゃんとしたいんだ。だから。」 「うん。今度は次の金曜日。だけどね、卒論のこともあるから、実はもうお店には今月で辞めるって言ってあるの。あと三回の出勤でお終いなの。今日はその事もアッくんに言わなきゃって思ってたし。」 「まずはコッチの卒業が先なんだね。」 「うん。それに今日はダメって言われたんだけど、あとの三回はヘルプ専門でいいって。社長からOKもらった。」 「じゃあ、ボクはどうすればいいの?」 「アッくんだけはOKって言っておく。」 「そんなんで大丈夫?」 「うん。でも私の最後の日だけよ。だから、金曜日はご飯だけで、お店には来なくていいよ。他のお客さんの手前もあるし。」 「じゃあ最後の日もラストタイムに来るようにしなきゃね。」 「うふふ。」 彼女はボクの首に腕を回し、渾身の口づけを与えてくれた。それは今までにない本当に情熱のこもったキスだった。 ボクも負けずに彼女をがっちりと抱きしめた。
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