▽エピソードその八▽

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この日は三連休の中日だけあって、普段の日曜日よりも多くの客が入っているように思えた。従って、互いの愛のさえずりを楽しむまもなく、場内コールがかかる。 =ミウさん八番テーブルへごあいさつ= 「大丈夫。フリーのお客さんだから、キスなんかしないよ。それに、去年から私のお客さんには辞める話はしたし、もうさよならって言ったお客さんもいるよ。」 なんと用意周到なんだ。ボクは昨年のうちにそんな話は聞いていなかった。そう言えば今日だって、こんなに客がいるのに彼女を指名しているのはボクだけのようだ。 しばらくするとヘルプとしてミカさんがやってきた。 「こんばんわ。今日はそこそこ賑やかですね。」 「そうね。それより彼女、今月で辞めるのよ、聞いた?」 「はい、さっき聞きました。」 「あれ?何で彼女が辞めるのって聞かないのね。この話を振って、なぜって聞かなかったのあなただけよ。もしかして、もしかした?」 「何がですか?聞いたら教えてくれるんですか?」 「ブログ見てないの?書いてあるわよ。」 えっ?そんなブログあったの?少なくともボクがアパートを出るまではなかったはずだ。 ちゃんとチェックしてから出て来てるから。きっとそれよりも後に書いたのだろう。 「何て書いてあるんですか?」 「えーと、卒論が忙しくなるからっていうのと、残りはヘルプ周りに専念するって書いてあったかな。そうそう、もうキスもできませんって書いてあったわよ。もしかしてあなたはキスしてもらった?」 ボクは返事に困ってしまった。イエスと言えば、ボクは渦中の人となってしまうし、ノーと言えばウソになる。それにさっきまで熱い抱擁を交わしていたことをボーイさんたちが見ているはずだ。 「あのう。キスはしてもらいました。でもそれってボクだけですかねえ。」 「今は指名してるのあなただけだからねえ。やっぱりなんかあったでしょ。」 さあここで進退窮まってしまうのである。ボクは答えようがない。 「ああ、やっぱりあなたね。最近ミウちゃん綺麗になったもの。原因があなただったとは。でも想定内だわ。確かにミウちゃんもこういうお店にいないタイプの女の子だけど、あなたもこういうお店にはいないタイプの客だわ。だから、お似合いなのよきっと。大丈夫。お店には内緒にしておいてあげる。でも良かったわねえ。だから言ったでしょ、もっと自信を持って諦めちゃダメだって。」
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