▽エピソードその一▽

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▽エピソードその一▽

一人で電車に乗って帰路についた次の日、ボクは何事もなかったように、ただ普段の日常を過ごしていた。猫が日向ぼっこでのんびりと休日をまどろんでいるかのように。 そろそろ時計の針がこぞって真上を向こうとするとき、突然ケータイが鳴り響く。 「誰だろう?」 画面を覗くとヒデの名前が浮き上がっている。 用件は想像できた。昨日の夜のことだろう。 「はいはい、なんでしょう。」 「なんでしょうじゃないだろう。何で黙って帰ったんだ?ケンさんも心配してたぞ。アイツの好みじゃなかったかなって。」 「ああ、その通りだよ。オレの好みじゃなかったさ。」 「でも結構カワイイコもいただろ?」 「薄暗くてよくわかんなかったよ。どのみち、あんまり顔なんか見られなかったし。」 「中学生か!今どきの高校生でももうちょっとマシな遊び方してるぜ。まあ言っても仕方ないか。それよりもまた近々『ロッキー』に来いってケンさんが言ってたぜ。いつなら都合がいい?」 「なんの用事だろう。」 「アキラに頼みたいことがあるって言ってたぜ。何のことかは知らねえけどな。」 「んー、なら早くても次の金曜日かな。」 「わかった。オレは今晩も行くから、ケンさんにそう伝えておくよ。」 あの二人の遊びにはついていけない。そう思っていたのだが、反面、昨夜の彼女たちの肌のぬくもりも忘れられなかった。ボクにとっては久しぶりの感覚だったのも事実である。 それでも、大枚はたいて出かけるほどのものでもないな。 そのときはそう思っていた。 平穏無事な時間はあっという間に過ぎて、約束の金曜日があっという間にやってくる。 今宵は『ロッキー』に七時半の待ち合わせだ。とはいえ、早ければ勝手にカウンターでグラスを傾けるのがココでの待ち合わせであり、おおよその頃合で店に辿り着けばよいのである。 そしてボクが『ロッキー』に辿り着いたのが七時半を少し回った頃。ヒデはすでにカウンターでモルトのロックを二杯ほど空にしていた。 「こんばんわ。ちょっと遅れたかな。ボクにはビールを。それで、ケンさんのご依頼っていうのはなんですか。」 「まあ急ぎなさんな。オレのビールも用意して三人で乾杯しようじゃないか。」 三人の宴はピーナツとソーセージを挟んでグラスを鳴らすところから始まる。
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