▽エピソードその八▽

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ヒデの隣に座った女の子の名前までは聞き取れなかったが、ボクの隣に座った女の子はリサと名乗った。ミウの本名と似たような名前だったのに少し驚いたが、表情に表れることはなかったようだ。 「まずは乾杯。そしてリサちゃん、こいつは坊ちゃんだからいいように落としてみてくれない?上手くいけばねんごろな常連客になるかもよ。」 「ええ、そうなの?」 そう返事を返すと、すぐさまボクの腕に絡みついてきた。 「いや、ボクはそんなことないです。」 「お兄さん、どんな仕事してるの?」 「普通のサラリーマンです。」 「女の子嫌い?」 「そんなことないですが、おねいさん近すぎます。」 彼女は会話を一つ挟む度に、体をボクに押し付けるようにくっつけて来る。 「だってお兄さん、ハンサムだもん。」 「リサさんも素敵ですよ。」 「まあ、なんて上手いんでしょ。そうやって女の子を落とすの?」 「そんなつもりないです。あんまり近づくとエッチなことしますよ。」 「ええ?そんなこと言うんだ。でもお触りはダメよ。」 「それなら、大人しくしていてください。」 「お兄さんは大人しいのね。」 「向こうにボクのことを監視している輩がいますからね。」 「そんなの気にしないで楽しみましょうよ。さあ、飲んで。」 「あんまり飲むと、本当に狼男になっちゃいますよ。」 「見たいねえ、おまいさんが狼男になるところを。」 向こうからヒデが会話に参加し始める。 「まだ参加しないの。そっちで楽しんでなさいよ。」 リサは会話の途中で入ってきたヒデに注意を促す。 ヒデも負けじと応戦する。 「ねえ、そんな会話で楽しいの?」 「まだとっかかりじゃないの。こういう男性は意外と難しいのよ。」 「オイラの方が楽しいだろ?」 「あなたはスケベなだけじゃない。コッチのお兄さんの方が安心できるわ。」 「なるほど、そういうことか。オレも少しは改心しようかな。」 「ふん、できないくせに。」 「それもそうだ。あははは。」 しかし結局のところ、ボクは大した会話をすることもなく時間を過ごした。 こんなので何かの収穫になったのだろうか。大いに疑問である。 こんなイカレタ夜ほど、ボクは帰り道に白くて明るい月が恋しくなるのであるが、残念なことに今宵は大きな赤い月が、まるで嘲笑っているかのようにボクを見下していた。 ボクは拳を握り締めながら、その月を睨み返すことしかできなかった。
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