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「今日はありがとう。いつでも連絡してね、待ってるから。」
「ありがとうアッくん。行って来ます。」
ミサはボクの腕をほどくようにすり抜けていく。そしてピンクの看板へ向かって歩いていく。ボクの方へは振り向かないように。
彼女はボクと違って、しっかり者なのだろう。目的を持って大学に行き、目標を持って社会人になろうとしている。ボクが学生の時、そんな目的や目標があっただろうか。
そう思うと不安な気持ちも、少しは楽になった。
結果的に今日はミサがボクの恋人になった記念日なのである。ボクも彼女の行く先を振り返らずに踵を返すこととしよう。
このとき、一瞬小さくガッツポーズをしたのだが、誰もボクを見ている者はなかった。
妖しく光る下弦の月以外には・・・。
ミサがボクの告白を受け入れてくれたその日。
ボクは彼女の出勤を見送った。
だけど何のわだかまりも無いわけじゃない。
何か腑に落ちない気持ちを引っさげて、いつの間にか『ロッキー』の前にいた。
中に入ったときのボクは微妙な表情だっただろう。「どうしたの?」って気軽に声をかけてくれたのはユウさんだった。
ボクはユウさんの目の前のカウンター席に座り、ハイボールをオーダーする。かけられた声に対しても溜息しか出ない。
「どうしたの?浮かない顔して。今日は早いじゃない。一人?」
もう一度声をかけてくれる。
「いや、何でもないです。一杯飲んだら帰ります。」
ボクの声が聞こえたのだろうか、奥の厨房からケンさんが姿を現す。
「どうしたアキラ。大学生はどうなった?」
「ケンさん、声が大きいです。」
「なんだ、もう振られたのか。今回は早いな。」
「いいえ、そんなんじゃないです。」
「じゃあなんだ、その浮かない顔は。」
「大したことじゃないです。全然浮かないことないです。」
「美味いソーセージが入ったんだ。味見していけ。」
ケンさんが再び厨房へ入るのと同時に、ユウさんがボクの前に来る。
「聞いたよ。狙ってた女の子、女子大生だったんだって?それで、会って来たのかい?」
どこまで噂が広まってるんだろう。何だかそれはそれで不安になってきた。そんな表情が顔に出たのだろう。そっと耳打ちをしてくれる。
「大丈夫だよ、マスターがオレにこそっと教えてくれただけだから。きっとまた振られてくるだろうから、面倒見てやってくれってな。」
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